『敵強化』スキルを笑われて幼馴染に置いていかれた俺のレベルが有頂天でおさまる所を知らないので、助けたケモミミ美少女奴隷とイチャイチャしながら迷宮の最深層目指すことにした＿神魂のニルヴァーナカクヨム版

２の１の２「吸血ジャックとハリボテのエレジー」

　王都に存在する、とあるカジノ。

　身なりの良い中年の男が、ディーラーと一対一で勝負をしていた。

　男は小太りで、金の髪には白髪が混じっていた。

　２人の傍には、チップが高く積み上げられていた。

　そして、２人の手には、カードが７枚ずつ保持されていた。

「ファイブカップ」

　身なりの良い男が、７枚の手札を開示した。

　『杯』の絵柄が、５つ揃っていた。

　中々の良手だった。

　だが……。

「残念」

　ディーラーが、手札を開示した。

「セブンソード。私の勝ちです」

　『剣』のカードが７枚。

　ディーラーの手は、男よりも２回り格上の、最高手だった。

「馬鹿な……！」

　男の両手のひらが、テーブルを強く叩いた。

　テーブル上のチップの山が倒れた。

　男は苦悶の表情で言った。

「こんな……こんなのはイカサマだ……！」

「イカサマ……ですか」

　ディーラーはわざとらしく、首をかしげてみせた。

「それで、何か証拠でも？」

「ぐ……」

　証拠など、何も無い。

　男は言い返すことができなかった。

「まあ良いでしょう。

　証拠も無く、

　イカサマ呼ばわりした件に関しては、

　目を瞑ります。

　ですが、払うべき物は、

　きっちりと耳を揃えて

　払っていただきますよ」

　男の破滅は決定付けられていた。

　……。

　ラビュリントスの下層。

　滝の地層。

「止まれ」

「…………」

　メイルブーケ家の当主、ブゴウが、黒ローブの人物を呼び止めた。

　滝音だけが聞こえる迷宮に、ブゴウの低い声が良く響いた。

　ブゴウは黒髪をオールバックにし、口周りと顎には、髭を生やしていた。

　がっしりと鍛えられた体を、重厚な鎧が覆っていた。

　冒険者ではなく、騎士の装いだった。

　ブゴウの後ろでは、彼の部下たちが武器を構えていた。

「何でしょうか？」

　黒ローブが振り返り、口を開いた。

　澄んでいながら色気が有る、女の声がした。

（女か……）

「『吸血ジャック』だな？」

　ブゴウが言った。

　なかば断定するような口調だった。

　吸血ジャックとは、有名な通り魔の名前だった。

　とはいえ、吸血ジャックが迷宮を騒がせたのは、昔の話。

　時間の流れと共に、やがて姿を見せなくなった。

　だが、最近になって、またそれらしい事件が起こった。

　ブゴウは事件の犯人を探していた。

　迷宮の治安を守るのが、迷宮伯の役目だからだ。

　そしてついに、それらしき人物を発見した。

　フードに隠れ、容疑者の顔は見えない。

　彼女が昔の吸血ジャックと同一人物だとすると、年６０は越えているはず。

　だが、女の声は若かった。

「はて……？」

　女は首を傾げた。

　上品な仕草だった。

　それでも色気を感じさせるのは、作法ではなく、彼女の生まれ持った特質の仕業だろう。

「とぼけるな。

　お前が冒険者を襲った時、

　現場にハンカチが落ちていた。

　人の目はごまかせても、

　猫の鼻はごまかせんぞ」

「ぐるる……」

　ブゴウの隣で、ダガー猫が、黒ローブを睨んでいた。

　サーベル猫よりも頑丈な肉体が、戦闘用に訓練されている。

　下手な中級冒険者よりも、遥かに屈強だった。

「そうですか。うっかりしていましたね」

「どうして再び現れた？

　半世紀前の殺人鬼が、

　いまさら何のつもりだ？」

「私、言われているほど

　人を殺してはいないのですよ？」

　自身が吸血ジャックであることを、女は否定しなかった。

　どうやらブゴウは当たりを引いたらしい。

「当時、迷宮での殺人の罪を、

　私になすりつけようという不届き者が、

　何人もおりまして……。

　そういう連中を見かけた時は、

　始末するようにしていたのですけど。

　率直に言って、

　冒険者の生死になど、

　興味が無いのです。私は」

「人を襲っているのは事実。そうだな？」

「ええ。はい」

「どんな理由があれ、

　迷宮の法は、

　私刑を認めていない」

　吸血ジャックは、迷宮の法に反する存在だ。

　それを裁くのは、迷宮伯の役目だと言える。

　だが……。

「そうですか。

　まともに機能していない法が、

　何と言っていようが構いませんけどね」

「なんだと？」

「違いますか？

　メイルブーケ迷宮伯。

　あなた方は、

　国軍を鍛えるのが第一で、

　真剣に迷宮の治安を保とうとは思っていない。

　こんかい私を捕らえようとしているのも、

　国から預かっている騎士に被害が出ては、

　困るからでしょう？」

「…………」

　ブゴウは吸血ジャックの指摘に反論ができなかった。

　吸血ジャックは言葉を続けた。

「自分の都合で動いているだけのくせに、

　正義を振りかざすその様、

　少し不愉快ですね。

　……出してあげましょうか？　被害」

「…………！」

　吸血ジャックの体が、宙へと舞い上がった。

　ブゴウたちの頭上を超え、彼らの後方へ抜ける。

　さらに吸血ジャックは飛翔を続けた。

　その方向には、ブゴウが引率する騎士たちが居る。

「狙いは本隊か……！」

　ブゴウは吸血ジャックの狙いに気付いた。

「追え！」

　そう言いながら、ブゴウは駆けた。

　部下たちはブゴウを追ったが、彼の脚には追いつけなかった。

　……。

「ふふふ」

　吸血ジャックは笑った。

　彼女は、目当ての一団を、視界に捉えていた。

　それはブゴウが鍛えている兵たちだった。

　１００人規模の兵士たちの前に、吸血ジャックの姿が浮かび上がっていた。

「何だ！？」

「浮いてる……！」

「人なのか……？」

　騎士や兵士が、驚きの声を上げた。

　吸血ジャックは、騎士たち兵士たちの顔を見渡した。

　そのほとんどが、体格の良い男だった。

「おやおや。

　なんともむさくるしい面々ですね」

　花がない面々を見て、吸血ジャックは落胆の声を上げた。

「騎士団と言うからには、

　仕方が無いのかもしれませんが……。

　おや……」

　吸血ジャックの視線が、美しい女騎士を捕らえた。

「ッ……！」

　女騎士と吸血ジャックの目が合った。

　女騎士は気圧されぬように、吸血ジャックを睨みつけた。

　吸血ジャックは、それを微笑ましく思った。

「ッ！？」

　ふっと、女騎士の視界から、吸血ジャックの姿が消えた。

「ジェーン！？」

　仲間の騎士が、女騎士の名を呼んだ。

　いつの間にか吸血ジャックは、女騎士、ジェーンの背後に移動していた。

　吸血ジャックの手が、ジェーンの腕を押さえ込んだ。

　か細い吸血ジャックの手に対し、鍛えられた女騎士は、身動きが出来なかった。

「ふふっ。いただきます」

　吸血ジャックは、ジェーンの首に唇を近付けていった。

　そして……。

「あが……！？」

　吸血ジャックの犬歯が、ジェーンの首に刺さった

　その犬歯は、獣の牙のように尖っていた。

　牙は、首に穿たれた二つの穴から、女騎士の血液を吸い上げていく。

　吸血ジャックの名の由来だった。

「あ……あぁ……」

　ジェーンの口から声が漏れた。

　喘ぐような声だった。

　そのとき。

「ふんっ！」

　ブゴウが吸血ジャックに追いついていた。

　ブゴウの赤い剣が、空を斬った。

　先ほどまで、吸血ジャックが居た場所だった。

　吸血ジャックは一瞬早く、離れた位置へ退避していた。

「ふぅ。危な……」

　吸血ジャックが安堵の声を漏らそうとした、そのとき……。

（轟雷！）

　一瞬で、ブゴウは吸血ジャックとの距離を詰めた。

　その歩法は、吸血ジャックにすら視認が困難なほど、速かった。

「い゛っ！？」

　吸血ジャックは呻いた。

　吸血ジャックの腹を、ブゴウの剣が断っていた。

「くうっ……！」

　吸血ジャックは、追撃を逃れるために飛行した。

　空に居れば、メイルブーケの剣は届かない。

「チッ……」

　ブゴウからすれば、魔術師の援護が欲しい所だった。

　だが兵たちは、呆気にとられて動けない。

　彼らは戦士ではなく、傍観者だった。

（気組みが足りん……。

　レベル５０にもなって……）

　ブゴウは内心で呆れた。

　だが、彼らをそんなふうに育ててしまったのは、ブゴウ自身だった。

（パワーレベリングの弊害だな）

　ブゴウは赤い剣を、吸血ジャックに向けた。

　フルーレが所持しているのと同じ、魔剣だった。

「風戟」

　ブゴウが呪文を唱えると、風の刃が吸血ジャックを襲った。

　吸血ジャックはそれを、難なく回避してみせた。

　ブゴウの魔術は、彼の剣術ほど鋭くは無い。

　一撃を受けたことによる焦りは、もう無かった。

　落ち着いた様子で、吸血ジャックは口を開いた。

「メイルブーケ秘伝の剣技、

　お見事でした。

　今回は痛み分けということで、

　これで失礼させていただきます」

「逃がすと思うのか？」

「ええ。

　あなたには私の首よりも、

　国王様への言い訳の方が重要でしょう？

　それとも、

　悩みの種を増やしてさしあげましょうか？」

「…………。

　とっとと失せろ」

「それではお言葉に甘えて……」

　その時ちょうど、ブゴウの部下たちが追いついてきた。

　一団の視界が、吸血ジャックを捉えた。

「死鳳！」

　魔術師が、躊躇無く呪文を唱えた。

　杖先から火の鳥が現れ、吸血ジャックを襲った。

「ごきげんよう」

　吸血ジャックは迫る火の鳥を回避し、そのまま逃げ去っていった。

　ブゴウは黙って彼女を見送った。

「撃ったな」

　ブゴウは魔術師のマイヨに声をかけた。

「え？　いけませんでしたか？」

「いや」

　戦場で、兵士とはそう在るべきだ。

　ブゴウの価値観ではそうなっていた。

「この気組みの差をどうするか……」

　ブゴウは呟いた。

　それを見て、マイヨは疑問符を浮かべた。

「…………？」

　ブゴウは吸血ジャックが飛び去った方を見た。

（腹を斬られたというのに、元気なものだ。

　斬撃が効かないのか？

　いや。手応えは有った。

　斬り続けていれば、

　いつかは殺せるはずだ。

　ああして空を舞う敵に、やれるか？

　娘か、

　せめて弟がここに居ればな。

　…………。

　馬鹿者が。

　自分の弱さを棚に上げて、

　何を考えている）

　ブゴウは思考を止めた。

　必要な思索ならば良い。

　だが、軟弱な妄想に入りかけていると感じた。

「何をしている！

　早くジェーンを治療してやれ！」

　ブゴウは見習い騎士たちを怒鳴りつけた。

「っ！　はいっ！」

　ブゴウの声を受けて、騎士たちはようやく動き始めた。

（お偉方は、

　部隊のレベルさえ上げてやれば、

　それで満足する）

　外国への示威行為だけなら、それでも十分だ。

　たとえハリボテでも、世界最大の軍隊であることは間違いない。

（だが、やはりレベルだけではな）

「む……？」

　ブゴウは、地面に何かが落ちていることに気が付いた。

　彼は、その何かに手を伸ばした。

　拾い上げると、それが短剣であることが分かった。

　刃渡り１５センチにも満たない短剣には、華美な装飾が施されていた。

（吸血ジャックが落とした物か？

　迷宮での戦いに耐えるような物では無いな。

　自害用か。

　奴め。

　自分が貞潔を守る

　淑女だとでも言うつもりか？）