その3「『敵強化』とその真価」




 龍神ヨーグラウの死より、遥か後の夜。

 


 ヨークは赤狼に向かって、スキル名を唱えた。



 スキルを発動するのに、必ずしもスキル名を口に出す必要は無い。



 発動に必要な条件は、スキルによって異なる。



 スキル名を口に出すことが、必須のスキルも有った。



 『敵強化』は違う。



 口に出さず、心中で念じても良い。



 発動に必要とされている条件は、別に存在している。



 だが、口に出した方が気合が入る。



 ヨークはそう思っていた。



 だからヨークは、スキル名を音として、世界にはなった。



 周りに人は居ない。



 自然と魔獣と、ヨーク自身の体だけが、その音を受け止めた。



 ヨークがスキル名を唱えると、赤狼の体が光に包まれた。



 スキルが無事に発動したらしい。



(効いた……のか……?)



 スキルを使うのは、これが初めてだ。



 無事にスキルが効いたのか、ヨークは確信が持てなかった。



 とはいえ、確かめる方法は有る。



(サブスキル、『戦力評価』)



 ヨークは心中で、サブスキルを発動させた。



_______________



赤狼 レベル2


_______________





 魔獣には、クラスの加護と同様に、レベルが存在する。



 ヨークのサブスキルは、相手のレベルを測ることが出来る。



 魔獣以外にも、人間のレベルを知ることも出来た。



 ヨークの知覚に、赤狼のレベル情報が、飛び込んできた。



(赤狼の元のレベルは1……。


 確かに強くなってる。


 戦ってみるか。


 つーか、逃がしてくれそうにもねえしな)



 赤狼は、あからさまな殺意を、ヨークへと向けていた。



 ヨークのスキルを受けたからでは無い。



 生まれつき、人間への殺意を持っている。



 それが魔獣という生物だ。



 ヨークがスキルを使う前と、向けられる殺意は変わらないはずだ。



 だが、少し迫力が増した。



 ヨークには、そのように感じられた。



 ヨークは剣を構えた。



 彼の体は、バジルによって痛めつけられている。



 治癒術師の治療を受けることも無く、村を出てきてしまった。



 万全の動きは出来ないはずだ。



 だが、ヨークは少し、体が軽くなっているような気がしていた。



 『敵強化』スキルという未知を前に、気分が高揚していた。



 高ぶった気持ちのまま、赤狼が何かしてくるのを、今か今かと待ちわびた。



 待っていれば、魔獣は必ず攻めてくる。



 人への殺意を抑えきれないからだ。



 様子を見ていたヨークに対し、赤狼が飛びかかった。



 いつもより、あきらかに速い。



 だが、回避出来ないほどのスピードでは無かった。



 レベルの数字だけを見ても、ヨークが格上だ。



 ヨークはたやすく、赤狼の攻撃を回避した。



 そして、敵の攻撃の隙に、剣撃を入れた。



「ぎゃうっ!」



 ヨークの剣が、赤狼に切り傷を負わせた。



 一撃では致命傷にならなかった。



 ヨークはさらに追撃をしかけた。



 二撃目が、赤狼の体に届いた。



 2度の攻撃によって、ようやく赤狼は絶命した。



 赤狼の体が消え、魔石が落ちた。



(これがレベル2か。


 手強くはなってたが、


 倒せないほどじゃないな。


 次はレベル3……行ってみるか)



 余裕を感じたヨークは、次の魔獣を探し、うろついた。



 探知スキルを持つ味方が居ないので、運試しのようになっていた。



 魔獣は中々見つからなかった。



(魔獣ってのは、出てきて欲しい時は、出てこないもんだな。


 仕方ない……。


 あんまり楽しいやり方じゃ無いが……)



 ヨークは剣を拭って、なるべく綺麗にした。



 そして、自分の腕を傷つけた。



「つっ……」



 ヨークの腕から地面へと、血が垂れ落ちた。



 鮮血の匂いが、ヨークの鼻に届いた。



(赤狼は、


 血の匂いを嗅ぎつける。


 これで連中に襲われる可能性は、上がるはずだ。


 問題は、囲まれる可能性が上がることだが……)



「ま、なんとかなるだろ?」



 血の匂いを漂わせながら、ヨークはうろついた。



 ヨークの目論見は当たった。



 やがて、2体の赤狼が現れた。



 赤狼は牙をむき出しにして、ヨークを睨んできた。



(効果覿面だな。


 血に飢えてやがる)



「ふっ!」



 ヨークは即座に前に出た。



 回避を許すことなく、狼の片方を斬り捨てた。



 胴に深い一撃を受けた狼は、地面へと倒れ伏した。



(2体1はキツイからな……)



 スキルを試すなら1対1が良い。



 ヨークはそう考えていた。



 そのために、赤狼の片方を間引いたのだった。



「『敵強化』! 『戦力評価』!」



 赤狼を、レベル3にまで強化する。



 ヨークは明確なイメージと共に、スキル名を唱えた。



 直後に唱えたサブスキルによって、強化の結果が知らされた。



_______________



赤狼 レベル3 EXP 16


_______________




 赤狼は、ヨークの狙い通り、レベル3になっていた。



 だが、見慣れない情報が、ヨークの知覚へと飛び込んできていた。



(EXP……?)



 今までの『戦力評価』では見えなかった情報が、ヨークの意識下に存在していた。



 突然の新情報に、ヨークは戸惑いを見せた。



「ガウッ!」



 疑問の答えを出す暇も無く、狼が攻撃してきた。



「チッ……!


 考えるのは後だな……!」




 ……。




 先程よりも苦戦して、ヨークは赤狼を倒した。



「はぁ……はぁ……」



 手傷は負っていないが、ヨークの呼吸は荒くなっていた。



(レベル3……強いな……。


 そういえば……さっきEXPってのが表示されてたが……?)



 ヨークは目を閉じ、自身の能力を確認しようとした。



______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 戦士 レベル4



スキル 敵強化 レベル1


 効果 敵のレベルを上昇させる



サブスキル 戦力評価 レベル2


 効果 対象の名称、レベルを判別する


  追加効果 対象のスキル、所有EXPを判別する



ユニークスキル ニューゲームプラス


 効果 全てをやり直す



SP ???+1124



______________________________





 彼のクラスレベルからサブスキルレベルまでが、ヨークに認識された。



(サブスキル、『戦力評価』のレベルが上がってる……。


 スキルは使い続けると、


 レベルが上がるって聞いたことあるな。


 つまり、『敵強化』にも『先』が有るってことか?


 使いまくって、


 とっととレベル2にした方が、良いのかもしれねーな。


 それにしても……EXPってのは……)



「ぐるる……」



 考えを巡らせるヨークの耳に、小さなうなり声が聞こえた。



「ん……?」



 ヨークは声の方を見た。



 ヨークが最初に斬った狼が、弱々しくうなっていた。



(最初に倒した方か。


 まだ息が有ったか。


 ……そりゃそうか。


 魔獣は死んだら魔石になるもんな)



「ん……」



 ヨークは思案した。



(死にかけなら、丁度良いな。


 もし強くなっても、楽に倒せる。


 こいつのレベルを、4まで上げてみるか)



 ヨークは倒れた狼に、手のひらを向けた。



 そして、明確なイメージと共に唱えた。



「『敵強化』『戦力評価』」




_______________



赤狼 レベル4 EXP 34


_______________





 ヨークのスキルによって、狼の体が輝いた。



 それはこれまでどおりだ。



 だが……。



「ぐぅぅ……!」



「ッ!?」



 ヨークの眼前で、赤狼の傷が癒えていった。



 ヨークが与えた傷は、完全にふさがった。



 無傷の狼が、ヨークの前に立っていた。



(全快した……!?)



「嘘だろ……!?」



 ヨークは狼狽した。



 手負いだと思っていたから、レベルを4にまで上げたのに。



 4といえば、自分のクラスレベルと同等だ。



 弱いはずが無い。



 計画が、完全に狂ってしまった。



 ヨークの心中に、混乱が満ちた。



「がうううっ!」



 動揺したままのヨークへと、狼が飛びかかった。



 ヨークは精神的な隙のせいで、攻撃への対処をしくじった。



 狼の牙が、ヨークの腿に突き刺さった。



「ぐああああああああぁぁぁっ!?」



 ヨークの悲鳴が上がった。



 痛烈な一撃だ。



 クラスの加護が無ければ、脚を切り離されていただろう。



 だが、このまま食われるほど、ヨークは軟弱では無かった。




「このっ……!」



 ヨークは赤狼を睨みながら、剣を振り上げた。



「死ねっ!」



 自身の体を餌にしたまま、ヨークは上方から剣を突き下ろした。



 剣は、狼の首へと突き刺さった。



「死にやがれっ……!」



 急所を突かれ、狼の顎から力が抜けた。



 狼は絶命し、魔石に転じた。



「ぐ……」



 敵は倒したが、ヨークも無事では無かった。



 腿から大量に出血していた。



 おそらくは、大腿動脈を裂かれたのだろう。



 ヨークは立っていられなくなって倒れた。



 そして、目を閉じた。



(俺のスキルは……敵を回復させる……?


 強くするだけじゃ……無いのかよ……)




______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 戦士 レベル5



______________________________





 目を閉じたことで、ヨークは自身のレベルを認識した。



 ヨークのクラスレベルは、5になっていた。



(レベルが……上がった……?


 今日……レベル4になったばっかりなのに……。


 EXP……そうか……。


 魔獣を殺すと手に入る力が有る……。


 それが……俺達のクラスレベルを上げてくれる……。


 その力を……EXPって呼ぶんだ……。


 敵のレベルが上がると……手に入るEXPも増える……。


 それが俺のスキルの価値……。


 『敵強化』が存在する意味なんだ……。


 けど……。


 脚がズタズタで立てない……。


 やっと入り口に立てたのに……ここで……死ぬのか……)



「チク……ショウ……」



 ヨークが諦めかけたその瞬間……。





「風癒」





 男の声が聞こえた。



 次の瞬間。



 ヨークの体は、心地良い風と、薄緑の光に包まれていた。



 治癒呪文、風癒。



 治癒術師に最も好まれている、治癒術の力だった。



 ヨークの脚から、痛みが薄らいでいった。



「え……?」



 驚きと共に、ヨークは上体を起こした。



「だいじょうぶかい? 少年」



 声の方を見ると、白銀の鎧を着た男の姿が見えた。



 高そうな鎧だ。



 そこいらのごろつきには見えない。



 ヨークは立ち上がり、鎧姿の男と向き合った。



「あんたは……?」



 ヨークは男に問いかけた。



「案じることは無い。私は君の味方さ」



 男は、ヨークと目を合わせてそう言った。



 その口元は、余裕の有る笑みを浮かべている。



 言葉の通り、敵では無いのだろう。



 ヨークはニトロの瞳を見て、そう考えた。



「こんな時間に、こんな場所に。いったい何者だ?」



 ヨークはさらに問いかけた。



 敵では無いと言っても、こんな所に人が居るのは妙だ。



 このあたりには、小さな村しか無い。



 しかも、今は夜だ。



 立派な鎧を着込んだ男が、うろつくような所では無い。



「私はニトロ=バウツマー。神殿騎士さ」



 ニトロは、背筋をしっかりと伸ばして答えた。



 彼の身長は、ヨークより2センチ高い程度。



 年齢は、30半ばに見える。



 青い髪をオールバックにして、瞳は赤い。



 面長で、眉は細くきりりとして、少し垂れ目だった。



 腰からは、2本の剣をさげていた。



「神殿騎士……?」



 それは、田舎に住むヨークには、あまり馴染みのない職業だった。



 ヨークは狼に噛まれた脚を見た。



 傷は完全に塞がっていた。



 村の治癒術師とはレベルが違う。



 見事な治癒術だ。



 命の恩人には違いない。



 ヨークはそう思った。



「助かった……ました。ありがとう……ございます」



 ヨークは頭をタメ口用から、敬語用に切り替えようとした。



「どういたしまして」



「ニトロさんは、どうしてここに?」



「この近くに村が有るだろう?


 ハインスっていう村だ」



「はい。俺もそこに住んでいます」



「私が若かった頃、


 あの村で世話になってね。


 だから、たまに様子を見に行くことにしている」



「あなたのこと、村で見た事がありませんが」



「うん。気付かれない程度に、


 遠巻きに見守ることにしているんだ」



「……私の事は、


 村の皆には内緒にしてくれよ?


 恥ずかしいからね」



「はぁ」



「少年は、どうしてここに?」



「ヨークです。


 ヨーク=ブラッドロード」



「そうか。少年の名はヨークというんだね。少年」



「…………」



「それで、ここで何をしていたんだい?」



「赤狼に食われかかってました」



「こんな時間に、


 1人で魔獣退治かい?


 そもそも……。


 君はレベル4だろう?


 レベル1の赤狼に苦戦するなんて……不自然だな」



「分かるんですか? レベル」



「そういうスキルも有るんだよ」



「まあ、そうでしょうね」



 ヨーク自身、そういうスキルを持っている。



 だが、わざわざ話すまでも無いと思い、話題には出さなかった。



「……実は俺は、自分のスキルを試していたんです」



「スキル?」



「はい。俺のスキルは……。


 敵を強化するスキルなんです」



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