息が詰まるようなこの場所で
外山薫/エンターブレイン ホビー書籍編集部
プロローグ
春になったばかりだというのに、季節外れの長雨が続いていた。まだ午後三時なのに外は暗く、湾岸第二小学校のPTA室の窓から見えるタワーマンション群は霧雨で輪郭がぼやけている。天を衝くようなタワマン上層部は煙のような雨の中、曖昧に光を放っていた。高層階の住民ご自慢の眺望も、こんな日は何も見えないんだろうな。まあ低層階のウチには関係ない話だ――。そんなことを考えていると、
「では会計は
という声で我に返る。え、会計? 私が? ちょっと待って。何が起こっているか理解できず慌てていると、会長席に座る、緩いパーマをあてた淡いベージュのジャケットを羽織った女性と目が合った。
「私も平田さんが適任だと思います。ほら、銀行員だから数字には強いでしょ」
女性がにっこり微笑みながら話すと、ザワザワした空気はその意見に同調するかのような雰囲気一色となった。PTA活動なんて、手間ばかりかかる割に得るものがないということは小学生の親ならば周知の事実だ。役員選出に前向きな親なんて、そうそういやしない。ましてや六年生は中学受験があり、会計のような面倒な仕事を自分以外の誰かに押し付けられるのならば、願ったり叶ったりだろう。客観的に見れば、私だってそう思う。
しかしこの雰囲気はまずい、絶対にやりたくない。なんとか流れを変えなくては。そうだ、実家の親が病気で難しいということにしよう――と口を開こうとした瞬間、
「一年間よろしくお願いしますね、私も知っている人が役員をやってくれて助かるわ」
こちらの気持ちを知ってか知らずか、会長の
「そういえば広報をやってくれる
もっとも面倒な会長を引き受ける綾子がこう発言したことで、
「いいなー、平田さんも伊地知さんも高杉さんもお住まいはローゼスタワーでしょう? そうだ、一年後の解散式はあそこのパーティールームでやりましょうよ」
「素敵〜、一回お邪魔したことあるけど、景色最高なんですよね〜」
PTA役員幹部という重責を他人に押し付けることに成功したという開放感からか、お通夜のような雰囲気だった先程までの話し合いとは打って変わってワンオクターブ高い声をあげて勝手に盛り上がる女性たち。こちらの意見が顧みられることは一切なく、PTAの会計係として今後一年間を過ごすことが決定した。さやかの憂鬱な気分を反映しているかのように、雨はまだ降り続き、タワマン群は相変わらずぼんやりと光っていた。
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