第7節 部内恋愛禁止 樹と奏

「おい、ミキ! なんだよ今日のプレーは!」


練習が終わった途端とたんに、西惺矢せいやが声をあららげ、センターバックの花村みきに詰め寄っていた。


たしかに、今日のみきは集中力を欠いているように見えた。ゴールキーパーとして最終ラインを統率とうそつする西からしたら、センターバックであるみきのミスは試合中には致命的ちめいてきとなる。だからこそ、ふざけるなという想いだったのかも知れなかった。


「ごめん、昨日遅くまで勉強してて、寝不足でさ。ホントにごめん」


みきが素直にあやまったのでその場は収まったようにみえたが、しょうには気になることがあった。


みきが帰るタイミングで翔は後ろから追いかけ、みきに声を掛けた。


「なぁ、ミキ。僕の勘違かんちがいだったらごめん。もしかしてさ……長谷川かなでと付き合ってる??」


長谷川かなでは今年入学した1年生のマネージャーだ。

最近、翔はみきと話している時に、やたら鋭いかなでの視線を感じていた。何か言いたげにこちらを見ている。そのことが、翔は気になっていた。


みきの表情でさっした翔は、


「もしかしてそのせいで……」


「いや、彼女は関係ないよ。明日の練習はちゃんとやるから。かなでちゃん待たせてるんだ。ごめん!」


みきはかぶせるように言って、彼女の待つ方へ走っていった。その背中を見送っているといつもの声がした。


「意外と、するどいじゃん」


柑那かんなの登場はいつも唐突とうとつだ。


「翔くん、気付いてたんだー?」


「意外と、は余計だよ」


翔は振り返りながらため息をつく。


「今さら、恋愛禁止ってわけにもいかないしなぁ」


というのも実は、3年のマネージャー、小山内おさない波凪なぎと大竹伊頼いよりも付き合っている、というか公言はしていないがまあそうだろう。2人は幼なじみでもあり、なんていうか、長年つれそった夫婦みたいな雰囲気ふんいきがある。今までトラブルを起こしたこともないので、ずっと黙認もくにんされてきた。この2人は安心して見ていられる。


だが、もうすぐ大切な大会を控えている中、恋愛で部内がゴタゴタするのは、容認ようにんしがたいことだった。翔はうめくような声をあげた。


「なんだってこんな時に……!」


「恋愛ってさー、したことある??」


柑那に聞かれて翔は言葉に詰まる。


「えっ、と、ない……こともないけど、あの……」


しどろもどろになった翔の戸惑いを知ってか知らずか、柑那はうーんと声をらして大きく伸びをした。


「付き合う付き合わないは別としてさ。人を好きになると、なんかエネルギーかない??」


「エネルギー?」


「そう。相手にいいとこ見せたいとか、喜んでるところ見たいとか、そんな感情。

好きな人がいるだけで、毎日楽しくて、ワクワクして、なんでもできちゃうような気持ちになれる。

そんなこと、ない?」


「まぁ、それはなんとなくわかるよ」


「恋愛パワーって正しく使えるとすごい力になるんだよねー。

だけど今の花村くんたちは、違うのかもね」


柑那は視線を斜め上に上げて、まるで自分の心の中に焦点しょうてんを合わせるような表情になる。柑那にも、誰か好きな人がいるのだろうか。


「別れろって言うべきかなぁ。そしたら長谷川、マネージャーめちゃうかもな」


「奏ちゃん、ちゃんと話せばわかってもらえる子だと思うけれど。もし、奏ちゃんが花村くんのこと大事に思うなら、花村くんがうまくいくように応援するんじゃない? 今のままだとレギュラー、外されちゃうかもしれないよ。怪我けがするかもしれない。そのことに、気付いてもらうことだよ。奏ちゃん自身に。あと、花村くんにもね」


たしかにそうだ。寝不足で集中力を欠いた今のみきは、危なっかしい。

そんなみきを、長谷川かなでが望んでいるのか。そんなはずはないと、翔は思いたかった。かなでがマネージャーの仕事を一生懸命いっしょうけんめいやっていることは、見ていればわかる。ちゃんと伝えれば、かなではわかってくれると信じたい。


「頭ごなしに言ったら、ダメだよ?」


柑那は心配そうな表情になる。


「ロミオとジュリエットみたいにさ。反対されればされるほど、恋ってかたくなになっちゃうものらしいから」


「じゃあさ、望月もちづきが代わりに話してくんねぇ?」


翔が頼むと、柑那は首をかしげ、私じゃ、ダメだなぁ……女心って難解なんかいなのよ、と、しばらく考え込んでいた。


「そうだ。波凪なぎちゃんから、話してもらったらいいと思う。彼女なら、適任てきにんじゃない?」


なるほど……波凪なぎか。波凪なぎは同じマネージャーだし、大竹と付き合っていることで、かなでも話しやすいかもしれない。かなでの気持ちにも寄りってくれそうだ。それになんというか、波凪なぎは結構できたマネージャーでもあるのだ。


翔は早速さっそく波凪なぎに頼むことにした。


波凪なぎかなでに何を話したのか、翔にはわからない。でもそれ以来、かなではマネージャーとしてよく気がくようになったし、みきと話していてもにらまれることはなくなったのだった。

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