第5節 目標設定(後編)

教室に戻ると、いつの間にか監督かんとくが来ていた。しょうに向かって「俺は口出さんからな」と小声で言って、教室の後ろの方の椅子に座る。


「じゃあ、みんなの意見を聞かせてくれ。誰からでもいいよ」


翔がみんなに話しかけると、俺からいいかな、と杉山界登かいとが手をげる。

「さっきは感情的になってしまったけど、やっぱり俺は全国行って、優勝したい。もちろん名を売りたいってのもあるけど、プロになりたいなら、それくらい当然出来なきゃダメだと思ってるしさ。俺が引っ張っていくくらいの気持ちはある。高校最後の1年だしさ。やれるだけのことはやりたいんだ」


すると大竹伊頼いよりが振り返りながら、

「それは理想だろ? 正直なところ、今の俺たちの実力で全国は無理じゃないか?」


そうだよな……というような空気が流れる。


「だが、だから高い目標を持たないというのは違うと思うぜ」

西惺矢せいやが言った。

「確かに、今は無理かもな。先輩たちもいなくなったしさ。今まで試合出られてたのは界登カイくらいだろ? でも可能性がないわけじゃない。どうせならデカイ目標の方が、面白くねぇか?」


何人かが、うなずいた。


西が翔の方を見て、お前は? というような顔をする。


みんなの注目を浴び、翔がドキドキしながらなんと言おうかと考えていると、突然がくが口を開いた。


「どうせやるなら、俺は優勝したいなぁ〜」


口調はのんびりしていたが、思いもかけず想いが口から出てしまった、というような言い草に、教室はふわっとした空気に包まれた。少し気が楽になって翔は話し出す。


「僕も。やるなら、やりがいのある目標にしたい。さっき想像してみたんだ。国立でさ。優勝して、みんなでこうやってさ」


翔は、Jリーグの優勝セレモニーとかでよく見る、カップをかかげる仕草しぐさをしてみせた。


「しゃあねぇなぁ、みんな、キャプテン翔にカップげさせてやろうぜ?」

市川がニヤリとしながら冗談じょうだんめかして言う。


「優勝したら、モテるぞ!」

湊騎みなきが立ち上がりながら大声で言ったので、教室の中は「オオオ!」と盛り上がり、みんなも笑顔になった。


後ろで黙ってみていた監督がやれやれとばかりに立ち上がると、まとまったようだな。と言った。


「はい。インターハイと選手権で全国優勝、です。それでいいよな?」


翔が見回すと、みんなうなずいてくれた。


「よし、目標が決まったところでこのチームのスローガンを決めよう。口に出しやすくて、目標に向かって頑張ろう! ってなれるような合言葉だ」


その後は、みんなが次々にアイデアを出し、言いづらいとかしっくりこないとかカッコ悪いだとか、喧々けんけん轟々ごうごう話し合った結果、翔たちの一年間のスローガンが「昨日の自分を超えろ!」に決まったのだった。

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