第4節 目標設定(前編)

試験期間も終わり、春休みを前にして開放感が溢れる中、新しいチームが始動していた。

とはいえ、まだ4月までは間があるのでしょうら2年と1年だけのチームだが、スポーツ推薦枠すいせんわくで入ってくる新1年生の情報は入ってきている。


はやぶさ学園は文武両道ぶんぶりょうどうをモットーにかかげる私立高校だ。サッカー部だけでなく、野球部やラグビー部、アーチェリー部、フェンシング部など県内でも有数のスポーツ部を持っている。全国レベルで活躍する選手も多く、その名前が知れていくにつれ、県外からの入学希望者も最近増えつつある。はやぶさ、つまりファルコンをモチーフとした校章にあこがれて入学してくる者も多い。


翔は息苦しい教室から廊下に出て、窓から顔を出し冷たい空気を吸った。


キャプテンとして翔の初仕事となった目標設定のミーティングは、例年にもれず、もつれていた。それぞれの目指すものが違いすぎるせいだ。


県大会優勝、全国大会で1勝する、大方がそんな目標を口にする中、杉山界登かいとだけが、インターハイ・選手権の2冠を主張した。


「俺はプロ目指してんの! タラタラやるくらいだったら意味ねぇし、全国行かなきゃ名前も売れねぇんだよ!」


界登かいとは強く主張したが、別にそこまでしなくても……と言う部員と意見が分かれ、しばらくすると誰も発言しなくなってしまったのだ。

翔はどう思うんだよ、と界登かいとに聞かれた翔はとっさに、

「ちょっと休憩にしないか。空気も入れ替えて、頭も冷やそう。みんなそれぞれの意見をまとめてくれ」

と先延ばししてしまった。

皮肉っぽく聞こえてしまっただろうか、心配しながら界登かいとの方を見ると案の定、舌打ちされたような気がして顔が赤くなるのがわかる。副キャプテンの西が「そうしよう」と言ってくれたおかげで、なんとか一旦落ち着くことができた。


知らず知らず頭を抱えていたらしい翔は、柑那かんなが近寄ってきたことに気付いていなかった。


「考えごと?」


制服を引っ張られて振り返る。こんなこと柑那に愚痴ぐちってどうすると思いながらも、頭の中のものが一気にあふれ出て、翔は一息に話してしまった。


「今ミーティングやってるんだ。これからチームが始動するってことで、目標どうするってなったんだけどさ。

それぞれの意見が違いすぎて、まとまらなくて。みんな好き勝手言うしさぁー。どうしろっていうんだよ、なぁ?」


「目標を立てる時に大事なことって、なーんだ」


柑那は翔の問いには答えず、逆質問してきた。「なーんだ?」って、なぞなぞかよ、と苦笑しながら、翔は少し考え、答えた。


「自分たちの実力を把握はあくして、どこを目指すのかってことを、はっきりさせることかな」


50点! と彼女はふざけたように言って、


「じゃあ、なぜ目標が必要なの?」

更に問いかける。

目標がなぜ必要かだって? そもそも、毎年そうやってきたから今年もそうしているだけで、目標を立てる意味なんて、翔は考えていなかった。それでも、柑那の質問に答えたくて、翔は必死に頭を回転させた。

「1年間ただ部活やるっていうんじゃなくて、なんか目標があった方がやることもはっきりするし?」


「わかってるじゃん。じゃあさ、その目標が、これは当然できなきゃいけないよな、って目標と、ちょっと大変だけどもし実現出来たらすごいよな、って目標。どっちの方がやる気出るかな?」


柑那は両手を肩の高さに挙げ、片方の手を少し高くして選択肢を示すように軽く振って見せた。


「そりゃあ、実現出来たらすごいよな、って方だろ」


翔は柑那の左手を指しながら答える。


「じゃあ、答えは明白じゃない?」


わかるような気はするが。スッキリしない。


「だけどさ、いきなり優勝とか無理じゃねぇ? とも思うし。去年だって全国にすら出られなかったんだよ」


「じゃあ聞くけど、考えてみて。全国優勝してる自分。想像してみて。どんな気分?」


「全国優勝か……」


一瞬だが、優勝してカップをかかげる自分が見えた気がした。がく感激屋かんげきやだから、きっと泣いているだろう。あの大きなスタジアムで、歓声をびる自分たち。鳥肌が立った。


柑那は詳しくは聞かず、別の質問をした。


「ねぇ、目標って英語でなんていうか、知ってる?」


目標? なんだろう……翔が考えていると柑那は答えを待たず、とてもいい発音で

「Goal、だよ!」

と続けた。


ゴール。


大きなスタジアムの真ん中で、キックオフの笛を待ちながら、はるか先のゴールを見据みすえている自分。目指すのは、たった一つ。


ミーティングが再開する気配に、柑那はじゃあね、というように手を振って去っていく。後ろ手に組んだ指がリズムをとるように動いた。

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