第2節 出会いとはじまり

ようやく暖かくなってきたかと思えばまたマフラーの必要な日々に逆戻り。

冬は嫌いだ。一度体を冷やしてしまうとまた温めるのに苦労する。根っからの体育会系なせいか、身体が鈍ると頭も働かなくなる気さえする。


しょうは考えるのをやめてまた足を動かし始めた。


県代表最有力と噂されていた高校選手権は、惜しくも県予選の決勝で敗れ、全国大会への出場は叶わず終わった。レギュラーはほぼ3年生で、Jリーグや大学チームから注目されている選手もいたが、彼らが部活を引退し、これからはそれまでほとんど試合に絡んでいなかった翔たち2年生が中心になり、チームを作っていくことになる。

そしてなぜか、翔はキャプテンに指名されてしまった。


正直、なぜ自分が選ばれたのかわからない。

一番サッカーが上手いわけでもなく、リーダーシップがあるわけでもない。唯一、3年生に混ざって試合に出ていた杉山界登かいととか、頭がよく発言力もある大竹伊頼いよりとか、他にもっとふさわしい人選があったのではないか。

監督に呼ばれ、キャプテンを告げられた時、翔は咄嗟とっさに返事できなかった。監督は「心の準備もあるだろうからな。考えて返事をくれよ。でも俺はお前に頼みたいと思ってる」と言ってくれたが。


誰にも期待されていないチームのキャプテン。ほとんど押し付けられたようなもんだよな……ハズレくじだよ。

翔はそんな風に考えていた。


その上、「副キャプテンの人選はお前に任せるから」ときた。監督が何を考えているのか、さっぱり理解できなかった。


グラウンドの端に沿って、ボールを蹴りながら時計回りに走る。何周かしたところで反対周り。汗を拭おうと腕を上げた時、校舎の窓ガラスが光をキラリと反射した。まぶしくて目を細めると、翔のクラスの窓辺に誰かが立っている。よく見ると、どうやら制服姿の女子の様だ。

教室の窓枠に手をつき、乗り出すようにして外を眺めている。たった今まで気づかなかったのは、翔が考え事をしていたからか、それとも彼女が翔の視界に急に飛び込んできたからなのか。


ウチのクラスに、あんなやつ、いたっけ?


考えたが思い出せない。

もう一周、ぐるりと回って戻ってくると、彼女の姿は既に消えていた。


生徒たちの半数以上が自転車通学をしているこの学園には、校舎とグラウンドの間に、数百台もの自転車が収容可能な大きな2階建ての駐輪場がある。

校舎と駐輪場は渡り廊下で繋がっていて、駐輪場を抜けるとそのままグラウンドに降りることができる。駐輪場からグラウンドへは5段の石段になっていて、校舎の幅と同じサイズで左右に伸びるその石段は、学園祭で父兄が来る時や、グラウンドで試合が行われる時には観客席にもなるという自慢の設計だ。

翔はその一番下の段に腰をかけて汗を拭き、スパイクの手入れを始めた。


「『役が人を作る』って聞いたことない?」


突然頭の上から声が降ってきて、翔は驚いて顔を上げた。

いつからそこにいたのか、窓辺の彼女が、今度は階段の一番上に腰をかけていた。

今の、僕に言ったのか?? 

しかし彼女は膝に肘をつき、頬杖をついたような格好でグラウンドの方に視線を送っている。試験期間中ということもあり、グラウンドにはほとんど人はいなかった。向こう側で片付けをしている野球部の1年生が十数名、残っているだけだ。やっぱり、翔に向かって言っているような気がする。もしくは、独り言か。


「あの……?」


彼女はまだグラウンドを見つめたまま、明らかに翔の問いかけに応える口調でポツリと言った。


「役にふさわしいから選ばれるのではなく、選ばれた人が役にふさわしくなるように成長していく、ってコト」


いきなり、何の話だ??

返事に困って彼女を見上げていると、出し抜けに自分の名前を呼ばれて翔は面食らった。


「青島くん、キャプテンになったんでしょう?」


「ていうか、そういう君は誰だよ」


思いがけず、怒ったような口調になってしまった。


「えっ、ていうか、同じクラスなんだけど」


驚きか、呆れているのか、曖昧な笑みを浮かべて彼女が視線を落とし、やっと目が合う。


言われてみたら、いたような気もするが、確かな記憶がない。クラスメイトの顔くらい覚えていそうなものだが、翔は彼女の存在を全く思い出せなかった。


「えっと」


顔すら覚えていなかった気まずさと、女子を下から見上げているシチュエーションが今更ながら恥ずかしくなり、翔は慌てて目を逸らす。


「まあいいわ。わたしは望月もちづき柑那かんな。お見知り置きを」

ふざけた風に言って柑那は立ち上がり、スカートについた砂を片手で軽く払うと、そのまま踵を返して駐輪場の中へ走り去ってしまった。


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帰り道も、翔は柑那に言われたことをずっと考えていた。家に帰ってからスマホで調べてみたら、たしかに柑那が言っていたようなことが書かれたビジネス指南しなんなどのサイトが山ほど出てくる。


思いがけずキャプテンに任命されたという事実に反発をしていたとはいえ、特別キャプテンがやりたくない、という訳でもなかった。ただ、自分にはそういうリーダー的なものは向いていないと、思っていただけ。今まで学級委員とかそういう役割を任されたことはなかったし、責任とか考えたこともなかったから。だけど、そういう友人が少し眩しく見えたことがあるのは事実だ。

遠慮して、言いたいことが言えなかったり、自分が場の空気を変えたりするのは怖い気持ちもあって、ずっと誰かの意見にうなずくだけの翔だった。リーダーシップなんて、全くないと言っていい。

もし柑那の言っていたことが本当なら、キャプテンを引き受ける事によってキャプテンらしい自分になれるのかもしれない。なれなかったら、それまでってことだ。そんな風に考えると、ちょっと面白くなってきた。


やってみるか。


明日、監督に返事をしに行こう。

そう決意して、眠りについた。

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