第30話、絞り出す勇気
「ソフィアさん。この服、可愛くありませんか?」
『わあ! すっごく可愛い! キュート、とってもキュートよ、ヒナさん!』
本屋での買い物を済ませた後の事。ソフィアと姫奈はモール内の服飾店にて互いに着る洋服を選んでいた。
二人は清楚系の服装が好きで、服の傾向が同じな為か意気投合し、お互いにお似合いのコーディネートを考えている。ソフィアは姫奈にも伝わるよう簡単な英語を選んで使っていて、CuteとかCool、Lovelyなどの日本人も知っている英単語を上手に使って姫奈と会話していた。
姫奈が選んだ服を試着して鏡の前に立つソフィアは、自分の姿を見ながら興奮気味に感想を述べていて、それを隣で見ている姫奈も嬉しそうだ。
ソフィアと姫奈が仲睦まじくしている様子は見ていてとても微笑ましい。
ただし俺は女子同士がするようなファッションやコスメなどの話題には全くついていけないし、余計な事を言って二人の時間を邪魔もしたくない。
今は店内に置かれた椅子の背もたれに身を預け、二人の買い物が終わるのを待っていた。
(やっぱり美少女二人が仲良くしている光景って目立つよな)
海の向こうからやってきた金髪碧眼の超がつく程の美少女と、大和撫子という言葉が相応しい黒髪美人の女の子、そんな二人が仲良く話す姿はまるで天使と妖精が戯れ合っているようにさえ見える。
周囲の客もその眩い光景を遠くから微笑ましく眺めているのだが、その中には美少女二人とお近づきになろうと考えている輩もいるに違いない。
本来ならそういう相手を近づけないようボディーガードが目を光らせていなければならないはずなのだが、姫奈の指示によってボディーガードは離れた所からこちらの様子を見守っているだけだ。あの大きな図体が小人に見えるくらい遠くにいるのだから、何かが起こってからでは間に合わないだろう。
ソフィアも姫奈も【連がいると安心するから】と言っていたがそれは本心から出た言葉のようで、集まる周囲の視線を気にする事なく和気あいあいとした雰囲気で互いの服のコーディネートを楽しんでいた。
彼女達の幸せな時間を邪魔させない為にもやはり俺が一肌脱ぐようしかないようで、さっきからずっと周囲の様子に気を配っている。
そしてついに行動を起こす者が現れた。
二人組のチャラチャラとした男がソフィア達を見つめながらニヤケ面で近付いていく。あんな二人から姫奈とソフィアがナンパされたらせっかくの幸せな時間が台無しだ。
(本屋に居た時は大人しい人ばかりだったけど、ここじゃそうはいかないか……)
陰キャオタクである俺にはかなり気の重い仕事ではあるが、推しの為、幼馴染の為、そう思うだけで不思議と勇気が漲ってくるのだから不思議なものだ。
この時間を楽しんでいる彼女達に決して変な虫が寄り付かないよう、俺は震える手を握りしめながら意を決して男達の元へ歩き出した。
そしてソフィアと姫奈の視界に入らない場所で俺はその二人を呼び止める。
「Uh, excuse me, Do you have a minute?」
『あーすみません、ちょっといいですか?』
俺に突然英語で話しかけられて驚いたのか男達は立ち止まる。
流暢な発音を聞いて彼らはぽかんとしているので、英語で何言われたかのは理解出来ていないだろう。
「英語? 何言ってんのかわかんねーよ、どうしたんだお前」
「外国人か? 変なのに捕まったな……」
ソフィアと姫奈に話しかけようと歩いてきたところで、いきなり現れた俺に呼び止められ不機嫌そうな表情を浮かべる二人。まあそれは予定通りなのでこのまま続けて話をしていく。
「Does this clothing store sell jeans that can be worn in all seasons?」
『ここの服屋で探しものをしていて、オールシーズンで履けるデニムって売ってないですかね?』
「はあ? ちょっと日本語で喋れ、お前」
「I've been looking and can't find any. If you could let me know, that would be great.」
『探してるけど見つからないんですよね。教えてもらえると助けるんですけど』
「ああもう、うぜえな……このタイミングで外国人に絡まれるとか」
「まじで面倒だな。無視していこうぜ、どうせ話すだけ無駄だしよ」
俺の英語に苛立った男は強引に押し退けようとするのだが、俺はそれに構わず彼らの前に立ち塞がった。
「Oh, I'm sorry, You don't understand English, but that's okay. I'm only speaking in English to buy you time.」
『あーすまんすまん。英語分かんなかったか、でもそれで良いんだ。こうして英語で話しかけてるのはただの時間稼ぎだからさ』
再び英語で絡まれて不機嫌どころか苛立ちを露わにする男達。だが俺はそれに構わず、彼らの後ろに立つ人物に向けて話しかけていた。
「確かに姫奈から離れてろって指示をされても、やっぱりこういう連中は集まってくるもんですからね。時間は稼いだんで後はよろしくお願いします」
「あっ? 急に日本語? なんだてめえ、オレらをおちょくってんのか!?」
突然日本語を話す俺を見て男達は声を荒らげる。けれどそれも一瞬の事、二人は背後から肩を叩かれ振り向き、そして声を失った。
何故なら――そこに立っていたのは筋骨隆々の黒いスーツを身に纏った禿頭の巨漢だったからだ。
「お嬢様のご友人に危害を加えるのは頂けませんね。貴方達が何者かは存じ上げませんが、この場で騒ぎを起こすというのであれば容赦はしません」
サングラス越しに鋭い眼光を向けるスキンヘッドの男に睨まれただけで、二人の顔は恐怖で引き攣っている。
「な、なんなんだよ、このおっさん……ッ!!」
「お嬢様って……やべ、あの可愛い子ちゃんと、こいつら知り合いかよっ……!」
目の前に現れた強面の大男に怯えながら、自分達がナンパしようとしていた相手を間違えていた事に気付く二人。あの可憐な美少女二人にボディーガードが付いていた事を知った直後、そそくさとその場から走り去っていった。
彼らの後ろ姿を眺めながら俺は苦笑しつつ呟いていた。
「ボディーガードさんも大変ですね。姫奈には近づくなと言われ、それでも仕事はちゃんとやらなきゃなんですから」
「ですな……。ご友人との時間を楽しみたいと言っていましたし、お嬢様の視界に入って機嫌を損ねるわけにもいかず。遠くから見守る事しか出来ずどうしたものかと思っていたら、月白様がお嬢様に寄り付こうとする虫を引き止めてくれていたのですから」
「普通に話しかけたんじゃ足止めにもならないでしょうけど、英語だと相手も何言われてるのか分からなくて困惑しますからね。そうやって俺が足止めしている間、異変に気付いたボディーガードさんが来てくれればと。すぐ来てくれて助かりました」
「なるほど、そうでしたか。しかし流石でございますな。咄嵯の状況判断でそこまで頭が回るとは……」
「偶然思いついただけですよ。厄介なナンパ野郎に俺の友人が楽しくしている所を邪魔させたくないですし。かと言って俺は強面でもなければ腕っぷしも強くない。結局は時間稼ぎくらいでボディーガードさん頼みになっちゃいましたが」
「いえ、見事なお手並みです。一切臆する事なく、むしろ堂々とした振る舞い。そして的確な状況把握と対応力。素晴らしい」
「まあ実際のところはビビり散らかしてますけどね。今もほら、手が震えてますし」
「ふむ、それは武者震いというものでは?」
「はは、そんな大層なものじゃないと思います。まあともかくこんな感じで。姫奈とソフィーに近寄る怪しい奴が現れた時は俺が足止めするんで、またその時はよろしくお願いします」
「こちらこそ、自分はお嬢様に極力近付けませんので、月白様からお力をお借りします」
俺の言葉に対して深々と頭を下げるスキンヘッドの彼。それからまた姫奈の視界に入らないよう離れていって遠くから俺達の様子を見守っている。
こうして厄介な連中を追い払った後、俺はまた椅子に座ってソフィアと姫奈が楽しそうに話す様子を眺める。無邪気に笑い合い、時々冗談を言い合って、まるで姉妹のように仲睦まじい姿を見せてくれる。
ナンパ野郎が自分達を狙っていた事なんて知らなくても良い、ただ二人には楽しく素敵な時間を過ごして欲しい。
そんな幸せな時間が出来るだけ長く続くよう、ソフィアと姫奈の信頼に応える為に、俺も出来る限りサポートしていくのであった。
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