第26話、映画館
俺達がやってきたのはショッピングモール内にあるシネマコンプレックスだ。
ロビーの券売機でチケットを購入してから、今は二人でポップコーンや飲み物をどうしようかと相談している。
『うーん……どのポップコーンにするか悩むわね。チョコレートに、ストロベリー。キャラメル味も捨て難いのよね……』
『確かにどれも美味そうだもんなぁ。バター醤油味とかバナナ味も気になる』
『しょっぱいのにするか甘いのにするかはドリンク次第って感じなの。レンの意見も聞いておきたいわ、飲み物はどうするの?』
『無難にコーラかな。映画って言ったらコーラとポップコーンだから』
『あはは、それ分かるかも。じゃあわたしもコーラにする。王道で行くならやっぱりここは塩味でしょ』
『ああ、それで間違いないな。映画を見ながら塩味のポップコーンをつまみコーラで喉を潤す。最高の瞬間だよなあ』
『それに今日見る映画はわたしとレンの大好きなアニメの劇場版よ、至福のひととき確定よね』
『俺も楽しみにしてたんだよ。原作でも最高傑作って呼び声の高いエピソードが映画化されるってさ、もうテンション上がるしかないじゃん』
『そうよね、そうよねっ! わたしも昨日は楽しみ過ぎて原作のラノベを何度も読み直してきたの。あの名シーンがついにスクリーンで観れると思うとワクワクが止まらないわ!』
『俺なんかアニメ一期をもう一度最初から見直して復習してきたぞ。一期のアニメ版ですら作画クオリティ凄すぎて涙出たのに、劇場版はそれを遥かに上回るって評判だからな。楽しみ過ぎて震える』
『わかるぅ! この震えが感動に変わる瞬間――ああ、もうっ、想像しただけで鳥肌立ってきた!』
『ほんとそれな。今日は二人で最高の時間を過ごそうぜ』
二人で既に興奮の絶頂を迎えながら、俺達はポップコーンとコーラを買い求める。
こうしてソフィアと好きなものについて語り合うこの時間は本当に楽しい。
自分の好きを語るソフィアは本当に輝いていて眩しくて、そんな彼女に釣られるように俺も自分の好きを全力で語るのだ。
その度にソフィアはとても嬉しそうな笑顔を見せてくれて、俺も彼女が語る言葉に耳を傾けては満面の笑みを返し、お互いの好きを語り合って笑い合えるこの瞬間はきっと何物にも代えがたい宝物だ。
それから俺とソフィアは笑顔を浮かべたまま、シアタールームへと足を運ぶ。
劇場の中はかなり混んでいて、チケットで確認をしながら座席を探していく。
俺達は幸いにもスクリーンが最もよく見える中央より数列後ろのセンター席を確保出来たので、二人で腰を下ろして上映までの時間をのんびりと過ごし始めた。
上映前で劇場が明るい中、俺とソフィアは買ったばかりのポップコーンに手を伸ばした。塩味のポップコーンを一口食べてから、氷の入ったコーラで喉を潤す。
やっぱり映画館に来たらポップコーンとコーラだよな。
そう思いながら隣を見ればソフィアも塩味のポップコーンを食べていた。ポップコーンを口に含んだ彼女は幸せそうにはふぅっと息をつく。
『最高ね。この上映前の程よい緊張感に塩味のポップコーン、そして冷たいコーラの組み合わせはまさに黄金コンボね』
『確かにな。あと俺は映画の予告編とか流れる時間が割と好きだ』
『分かる。あれってつい見ちゃうわよね』
『特に予告のナレーションの声を聞くだけでもテンションが上がるんだよなぁ』
『それから明るかった劇場のライトが落ちて、映画が始まるまでの間は独特の空気感があるのよね』
『そうそう。始まる前はいつもワクワクしてドキドキする。この空気感がたまらないんだ』
上映時間が近付いてくるにつれて、俺とソフィアのテンションも徐々に上がっていく。
ソフィアとは話が合いすぎて困るくらいだ。彼女と一緒だと会話が途切れる事なく、いつまでも話し続けていられそうだから不思議である。しかし、そろそろ上映時間で客席も埋まり始めており、おしゃべりばかりしている訳にもいかない。
俺はソフィアとのおしゃべりを中断すると、いよいよ映画が始まりそうな気配を感じ取って意識を切り替える。
劇場内の照明が少し暗くなり、上映中のマナーや注意事項のアナウンスがスピーカーを通して流れてきた。
それから今後の公開を控えた作品の予告が流れ始め、ああそろそろ始まるなと胸が高鳴っていく。
そして本編の始まりを告げるように場内の照明は完全に落ち、スクリーンの明かりだけが煌々と輝き始めた。
ついに来たかと期待が高まる中、横目でソフィアの様子を窺えば、彼女もまた碧い瞳を星のように煌めかせながらスクリーンを見つめている。その姿は無邪気さ溢れる子供みたいでとても可愛らしく思えた。
やがて劇場内に壮大な音楽が流れ始め、俺達がずっと楽しみにしていた物語が今、幕を上げた。
物語に没頭しようとスクリーンに集中していた――その時、そっとソフィアの柔らかな手が俺の手に重ねられる。
それに驚いてちらりとソフィアの方を見てみれば、暗闇の中でも分かるほどに彼女は顔を赤く染めていて、けれど視線は真っ直ぐにスクリーンの方に向けられたままだ。
きっと今この瞬間を、俺と二人で楽しみたいと望んでいて、この暗闇の中で俺の存在を確かめるように手を重ねてくれたのだろう。
(全く……ソフィーは本当に可愛いよな)
映画が始まってしまった以上、ここでお喋りは出来ない。だから俺はその気持ちに応えるように、しっかりと彼女の手を握り返す。
そうすればソフィアもすぐに俺の手を握り返してくれて、なんだか妙な照れ臭さを感じるけどそれ以上に嬉しさの方が勝った。大好きなアニメの劇場版を楽しめるだけでなく、今その瞬間を推しである彼女と共有出来ている事を実感出来て、これ以上ない喜びに満たされる。
俺達は何も言わずとも互いの手を優しく繋ぎ合ったまま、スクリーンの光を浴びながら物語の世界に没入していく。
それは本当に幸せな時間だった――。
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