第21話、推しの裸
残っていた食器の片付けを済ませたところで、ソフィアが俺の部屋に戻ってくる。
洗濯かごに着替えを入れて、他にも普段から使っているシャンプーやトリートメントなどを持って戻ってきた。
お風呂の方は準備完了でバスタオルなども用意してある為、戻ってきた彼女をすぐに脱衣所まで案内する。
『それじゃあ借りるわね。バスタオルはこれ使ってもいいの?』
『ああ、びしょびしょに濡れたバスタオル持って部屋に帰らせるのもなんだし。洗濯はこっちでやっとくから』
『気を利かせちゃってごめんね。本当にありがとう、レン』
『気にしなくていいって。それより早く風呂入ってゆっくり休め。疲れてるんだからさ』
『うん、お言葉に甘えることにする。それじゃあお先に入るね。覗いたりしたらダメだからね?』
冗談っぽく微笑みながら告げてくるソフィアの言葉に俺は苦笑を浮かべてしまう。
『ばか。俺にはそんな度胸ないっての』
『ふふ、そうよね。レンってば凄く紳士だもの。安心してお風呂に浸かれるわ』
『はいはい。良いからさっさと入れ』
『ん、そうさせてもらう。ありがと』
俺は脱衣所から離れて扉を閉める。平静を装っているが、さっきからずっと緊張で胸が高鳴りっぱなしだった。
このまま風呂に入ったら逆上せて倒れてしまいそうだし、興奮したまま寝るに寝れないだろう。ぱちりと目が覚めたまま朝を迎えてしまうかもしれない。
とりあえず冷たい風にでも当たろうと思い、ベランダに出て外の空気を吸う事にする。
「ふう……気持ちいいな」
夜の冷たい風が火照った身体に当たって心地良く、その冷感によって徐々に落ち着きを取り戻していく。
そのまましばらく夜空に浮かぶ月を見ながら物思いに耽り、今日の一日の出来事を振り返りながら柵に手を置いた。
色々あったけど、今日は俺の人生の中で間違いなくトップ3に入るくらいの幸せな日だったと思う。
朝から一緒に登校して、それから今までずっとソフィアと同じ時間を共有している。
生徒会の手伝いも大変ではあったが、楽しそうに判子を押している彼女の姿を思い出すと不思議と頬が緩む。
それにさっき食べたカレーライス、めちゃくちゃに美味かった。胃袋を掴まれた、とはこういう事を言うのかもしれないな。
そんな事を思いながらぼんやり夜空を眺めていると、浴室の方から俺を呼ぶソフィアの声が聞こえた気がして振り返る。
何かあったのかと思って再び脱衣所の扉の前に近付くと、やっぱりソフィアが俺を呼んでいた。
『ソフィア、どうしたんだ?』
『レン、ごめんね。急に呼んじゃって。あのね、もう一枚バスタオル貸してくれないかしら? 髪を乾かすのにもう一枚必要かもって今気付いて』
『ああ、そういう事か。ちょっと待ってくれ』
確かに言われてみれば、腰まで伸びたあの綺麗でさらりとした髪を乾かそうと思ったらバスタオル一枚だと足りないよな。俺みたいな黒髪短髪とは違うんだから。
女の子に対してちょっと配慮不足だったなと、そう思ってリビングに畳んで置いてある別のバスタオルを手に取った。
――この時、俺は無意識のうちに慌てていたのかもしれない。初めて女の子に自分の部屋のお風呂を貸しているという状況に、いくら夜風を浴びて落ち着いたと言っても動揺していたのは間違いなかった。
だからいつものように考えれば分かるはずの事が、俺の頭の中からすっぽり抜け落ちてしまっていたのだ。
『ほら、持ってきたぞ』
『ありがと、レン。すぐそこに置いておいて』
『すぐそこな、了解』
脱衣所の扉越しにソフィアへ声をかけると中からは嬉々とした声で返事を返される。
それを確認して脱衣所の扉を開けてから、俺はようやく自分がやってしまった失態に気付いた。
彼女の言う【すぐそこ】、俺はそれを【お風呂から上がって手の届くすぐそこの場所】という意味で捉え、まだソフィアはお風呂に入ったままだから、脱衣所の中にまで持っていこうと何の躊躇もなく扉を開けた。
けれど本当に彼女が伝えたかったのはそういう意味ではなく【俺が居たすぐそこの場所】、つまりもうお風呂から上がっているから、脱衣所の外にバスタオルを置いて欲しいという意味合いだったのだ。
『「あ……っ」』
俺とソフィアの声が重なる。
それは狭い脱衣所の中に良く響いた。
そして俺は見てしまう。
目の前には一糸まとわぬ姿のソフィアが立っていた。
白く透き通るような肌はぷるんと水を弾き、艶やかな金色の髪からぽたりと雫が落ちる。お風呂から上がったばかりのその顔はほんのりと赤く染まっていた。
そして豊かな果実を思わせる大きな胸が柔らかそうにたゆんと揺れる。まんまるの乳輪はぷっくりとしていて、ピンク色をした乳首はぴんと上を向き、桜の花びらのような愛らしさがあった。
そのあまりにも刺激的な光景に俺は呆然とする。
推しの裸を見てしまった、そんな衝撃的な事実に頭が真っ白になる。ただ一つ分かったのは、この世のものとは思えない程に美しい光景が広がっているという事。
ソフィアは顔を真っ赤にしていて、瞳を大きく開き、まるで時が止まったかのように固まっていた。
俺も彼女と同じように顔を赤く染めたまま固まり、互いに無言のまま、数秒の間だけ時間が止まる。
先に我に返ったのはソフィアの方だった。床に畳んであったバスタオルを手に取った後、身体を隠しながら真っ赤にした顔で呟く。
『レン、脱衣所の外の……すぐそこで良いって』
『あ……その、すぐそこって、手の届く脱衣所の中って……勘違いして』
もしかしたら浴槽から上がったソフィアが脱衣所にいるかもしれない。そんな当たり前の可能性を考えておけばこんな失態を犯すはずがない。
ただ焦っていたせいか、その事を全く考慮していなかった。いや、それどころか完全に意識の外に追いやっていて、だからこそ起きた最悪の事態だ。
どう弁明しよう、目を瞑って顔を逸らして必死に考える。
俺の事を紳士的だと、安心してお風呂に入れると言ってくれたソフィアに対して、裏切るようなとんでもない事をしてしまったと――そう思った瞬間だった。
クスッと小さな笑い声が聞こえたかと思うと、つんと頬を突かれる感触がする。驚いて目を開けるとソフィアが悪戯っぽく微笑んでいた。
『ふふっ、レンに見られちゃったね。わたしの裸』
『す、すまない……覗くつもりはなくて、バスタオルを、届けようってそう思って……』
『大丈夫、分かってるから。わたしの言い方がちょっと悪かったの、すぐそこで良いなんて分かりにくかったもの』
『い、いや、普通に考えれば……入るのはやばいかもしれないって気付く事だし……』
『それはわたしに気を利かせようとしてくれたからでしょ。別に怒ってないよ。だからそんな顔しないで?』
ソフィアは柔らかに微笑みながら俺の頭を撫でてくる。俺を一切責める事なく、むしろ慰めるように接してくれていた。
その声音はどこまでも穏やかで、俺を包み込むかのような優しさに満ち溢れていた。それが嬉しくて、でも恥ずかしくて、俺はますます顔を紅潮させていく。
てっきり怒られて二度と口を利いてもらえないんじゃないかと思っていた。けれどソフィアは俺に怒りをぶつけることは無く、それどころかこうして笑顔を見せてくれている。
やっぱりソフィアは俺が知るアリスのように天使みたいに優しい子なんだなと思いつつ、俺の顔はどんどん熱を帯びていった。
『そ、そうだ。バスタオル……っ。これ使ってくれ……』
『ありがとう。じゃあ使わせてもらうね』
俺が慌てて差し出したバスタオルをソフィアは優しく受け取ると、小さく笑った後にくるりと後ろを向いた。
それと同時に俺は脱衣所から出て扉を閉め、扉越しに聞こえるソフィアの鼻歌を聞きながら、そのまま扉にもたれかかるようにして背中を付ける。
そしてバクバクとうねる心臓を押さえつけるように胸へ手を当てた。
やっぱり今日は興奮で眠れそうにない――。
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※作者近況ノートに今回のエピソードの挿絵があります。
https://kakuyomu.jp/users/sorachiaki/news/16817330650012173354
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