第12話、ランチタイム
俺達の通う美谷川高校は広い食堂がある事で有名で、昼休みになると多くの生徒で賑わう。食べられるメニューも豊富で値段もリーズナブルなので人気も高い。
今日もいつものように食堂はお腹を空かせた生徒達で賑わっていて、そんな場所に俺はソフィアを連れて来ていた。
彼女はメニュー表を眺めながら子供のように目を輝かせている。
『わあ凄い! カツカレーにうどん、それにラーメンまであるわ! ここは遊園地!? それとも天国かしら!』
『遊園地に天国って……大袈裟な』
『わたしにとっては大袈裟なんかじゃないのよ、レン。カツカレーはイギリスでも人気だし、ラーメンも大ブームなの! ロンドンにはうどん屋さんもあって大盛況なんだから!』
『へえ、俺達日本人の知らないところで結構盛り上がってるんだな』
『そういう事。そしてわたしも日本食は大大大好きなの! そんな大好物を本場の味で楽しめるんだから、もうテンション上がるしかないでしょう?』
そう言って今にも飛び跳ねそうな様子で興奮を隠しきれないソフィア。こんなに喜んでくれるとは思っていなかった俺はそんな彼女の姿に頬を緩ませる。
昨日はコンビニ弁当で昼食を済ませていたソフィアだが、今日は昼食の準備をすっかり忘れていたらしく、それに気が付いたのは三限目の授業が終わった後。
二日目の学校生活は何事もなく順調に進んでいたのだが……昼食を忘れた事に気付いたソフィアはとことん落ち込んでいた。
配信に間に合わせる為に朝食が早い分、彼女は既に空腹感が限界だったようで余計に落ち込んでしまったのだ。
碧い瞳に涙を潤ませ『レン、わたしお弁当忘れちゃった……』と呟いた姿はまるで捨てられた子犬の様で、そんな姿を見かねた俺はソフィアを食堂に連れて行ってあげようと思いつき、こうして今に至るわけである。
そろそろ他の生徒達も食べるものを決めて列を作り始めていて、俺達も早く注文をしないと食べ終える前に午後の授業が始まってしまう。
『ほら、ソフィー。何を食べるか決めたか?』
『ねえねえ、レン。ここにはあれはないの? 茹でたキャベツともやしがどーんって乗ってて、分厚いお肉が何枚も入ってて、麺は太くて、ニンニクも効いているアレよ!』
そう言って両手を広げて必死にジェスチャーするソフィア。彼女が何を言っているのかは分かるが、流石にそれはないだろうと苦笑してしまう。
『いやいやソフィー。それってもしかして次狼系ラーメンの事を言ってるのか?』
『そうよ、まさしくレンが言っている次狼系ラーメンね! わたし日本に来たら絶対に食べようって決めていたの!』
次狼系ラーメン、それは極太の麺に野菜がどっさり盛られ分厚いチャーシューが鎮座するのが特徴なラーメンで、背脂やニンニクなどのトッピングが任意に選べて《ヤサイニンニクアブラカラメ》なんて象徴的な注文の仕方は有名だ。
食べ盛りな男子校生にはそのボリュームの多さから大人気だが、あの量を華奢で小さいソフィアが食べられるとは思えない。まあどちらにせよ、そもそも高校の食堂にあるはずのないメニューなので、ここで食べれはしないのだが。
それにしても――。
『――ええと。配信の時さ、自己紹介で言ってなかったっけ、アリスちゃんは少食で甘いもの好き。プリンやケーキ、チョコレートとか、可愛くて美味しいものに目がないって。その時に言っていた事とさっきからソフィーの言ってる好物がかけ離れすぎてるように思えるんだが……』
俺が今まで応援してきたアリスのイメージでは、小さな口で可愛い形をしたクッキーを頬張ったり、温かい紅茶と一緒に洋菓子を楽しんだりしている印象が強かった。
そんなアリスの中の人であるソフィアが大盛りのラーメンを欲しがるとは想像していなかったし、それを必死に身振り手振りで伝えようとする姿を見せるとは夢にも思わなかったのだ。
しかし、その質問を受けてもソフィアはあっけらかんとした様子で答える。
『まさかそんなわけないでしょ、レン。わたしってカツカレーは大盛りにして食べるし、具だくさんな特盛なラーメンだって大好きよ。焼き肉も大好きだし、お寿司も天ぷらも大好き。日本の食べ物ならなんでも大好きなんだから』
『ソフィーってご飯をたくさん食べるタイプの子だったのか……じゃあなんで配信の時はお菓子好きの少食だって自己紹介を……?』
『それは事務所が決めたアリスの設定よ。あの子は小さくて可愛くて甘いものが大好きな女の子なの。そういう風に設定が決めてある以上、わたしが勝手な事を言って台無しには出来ないでしょ?』
『まあソフィアは配信中に素を出さないから確かにイメージは崩れないだろうけど……。でも食べ過ぎで太ったりとか心配にならないか?』
『大丈夫よ、ほらわたし。食べたものって全部こっちに吸い取られちゃうのよね』
『こっちって……ちょっ!』
ソフィアはそう言って自分の胸をたゆんたゆんと上下に揺らすのだが、突然の光景に俺の顔は真っ赤に染まっていく。そんな俺の様子を見て楽しげに笑うソフィアは悪戯っぽい表情を浮かべていた。
『ふふ、これでもう一つレンが知る秘密が増えちゃったわけね』
『か、からかわないでくれよ……見られたりするの苦手なんじゃないのか?』
『レンに見られるのは別に構わないのよね。嫌な感じが全然しないし不思議。それにレンには気兼ねなく本当の自分を語れて楽しいの。こんな風に話せる人は初めてで嬉しくなっちゃうのよね。あ、でもさっきの話は全部内緒だからね? アリスの秘密を知ってるのはレンだけでいいんだから』
そう言って人差し指を唇に当ててウィンクをするソフィア。
彼女の秘密を知って良いのは俺だけだという事に少しだけ優越感を感じてしまったのも内緒にしておこうと、そう思いながらソフィアと二人で列に並んだ。
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