第10話、一緒の登校

 翌朝のアリスの配信も最高だった。

 

 彼女の軽快なトークと可愛らしいリアクション、そして時折見せるお茶目な一面が見る者の心を鷲掴みにする。


 コメント欄は今日も大盛り上がりで、多くの視聴者がアリスの配信を楽しんでいた。


 朝の5時から始まった彼女の配信も二時間経過し、そろそろ終わりに近付いていくと誰しもが名残惜しい様子で、そんな彼らの気持ちが反映されるようにチャンネル登録者数も増えていく。


 パソコンの画面に映るその様子を眺めた後、俺は隣室との間にある一枚の壁の方に振り返った。


「なんか不思議な感覚だ。あのアリスちゃんが隣の部屋で配信してるんだなんて」


 つい昨日の夜には彼女がここに居て、今は一枚の壁を挟んだ向こう側で暮らしている。


 それは紛れもない事実で、同時に夢のような昨日の出来事を思い出して心が躍ってしまう。


 これからどんな日常が待っているのか、それを楽しみに思いながら俺は学校へと向かう準備を進め始めた。

 

 そしていつものように身支度を整えて玄関を出たところで声をかけられる。


『おはよう、レン。今日は良い天気ね』


 さっきまでパソコンのスピーカー越しに聴いていた声がすぐ隣からして、俺の心臓は跳ね上がる。


 視線を向けるとそこにはスクールバッグを肩に担いで制服を着たソフィアの姿があった。

 

 純白のワイシャツは豊満な二つの膨らみによってボタンが今にも弾け飛びそうなくらいに張り詰めていて、青色のリボンを首元に付ける事でその大きな胸が更に強調されている。膝上丈のスカートからは柔らかそうな白い太ももが覗いていて、それは眩しいくらいに綺麗だった。


 昨日もソフィアの制服姿は目にしたが、こうしてまじまじと見ると彼女の魅力を再認識させられる。朝日に照らされるソフィアはとても美しく、桃のような甘い香りを漂わせた姿はまさしく女神とか天使という言葉が相応しかった。


『お、おはよう。ソフィー、もしかして待ってたのか?』


 驚きを隠せないままにそう尋ねると、ソフィアはどこか悪戯っぽく笑って言った。


『ふふ、驚いた? 配信が終わった後、支度を済ませて外で待ってたの』

『配信終わってからって随分と早いんだな。それにしては服装とか全然乱れてないし準備万端って感じに見えるけど』


『わたし、学校へ行く準備を済ませてから配信を始めてるの。だから今日も朝ごはんをちゃんと食べて、歯を磨いて、髪を整えて、制服を着て――それからパソコンの前に座ってようやく配信してるんだから』

『え、それじゃあ配信が始まる朝の5時よりずっと早く起きてるってわけか?』


『もちろんよ。朝の4時より早く起きて支度しているわね、その代わり寝るのもすごく早いけど。昨日は夜の8時くらいにはベッドに入っていたもの』

『凄いな……そこまで徹底してるとは思ってなかったよ』


 俺が感心しながらそう返すと、ソフィアは得意げに胸を張りながら言う。


『これもアリスとしての責任を果たす為ね。世界中のファンのみんながわたしの配信を楽しみにしてくれてる、そう思うだけで自然と気が引き締まるの。イギリスから日本に留学してきた今でも、わたしはその想いを忘れないようにしてる。みんなの期待に応える為にも頑張らなくちゃって思えるから』


 そう語る彼女の横顔はとても凛々しくて美しかった。


 今までアリスを応援し続けてきた立場として言わせてもらうが、配信していない裏でもこんな風に努力を重ねているなんて、やはりソフィアは俺が想像していた通りの人物だった。以前に彼女が自分で言っていたような、めんどくさがりで努力とは無縁の生活を送っている怠惰な性格とは程遠い。


 配信者として常に完璧な姿でファンの前に立つ。配信以外の時間でも手は抜かず、そうして全力で取り組む姿勢こそがアリスというキャラクターを確立させると俺は思うのだ。


『ソフィーのそういう所、尊敬するよ。でも無理はしないようにな? イギリスから来たばかりで色々と大変だろうし、体調を崩したら元も子もないから』

『ふふっ、ありがとう。レンって本当に優しい人わ、出会ってからずっと気にかけてくれてるもの』

 

『ファンとして当然だろ。大好きな人が体調を崩すところなんて見たくないし、何かあればどんな事でも頼ってくれよな。俺はソフィーの隣人でもあるわけだし』

『大好きな人って……もう。相変わらず恥ずかしいこと平然と言うわね……。でも嬉しいわ、ありがと』


 俺の言葉を受けてソフィアは頬を赤らめながら微笑む。それから彼女は照れ臭さを誤魔化すようにコホンと咳払いをして言った。


『ねえねえ。それじゃあ早速一つ頼み事をしてもいいかしら? せっかく隣同士に住んでるんだもの、レンと一緒に登校したいなって思って。だめ?』


 上目遣いで尋ねてくる彼女の仕草にどきりと心臓が鳴る。透き通るような碧い瞳に見つめられて、俺はしどろもどろになりながら返事をした。


『い、一緒に登校するのは構わないんだけど……でもいいのか? 下校の時と違って二人で登校してたら目立つと思うけど……?』


『一人でも二人でも目立っちゃうのは変わらないわ。それに一人だと知らない人から話しかけられたり色々と面倒なのよね。でもレンと二人なら安心でしょ?』

『なるほどな、確かに昨日の感じだとソフィーだけだと登校するのも一苦労か……』


 イギリスから来た留学生というだけでも注目の的になりやすいのに、更にソフィアは目を奪われる程の美少女だ。


 道行く人が彼女の存在に気付けば自然と視線は集まるだろうし、その中には不届きな輩だって居るはずだ。実際昨日だってそうだったしな、ソフィアは虻崎という腹黒大魔王からナンパされたんだから。


(それにしても、俺と二人なら安心……か)


 迷子になっていたソフィアを助けてから、俺は随分と彼女から懐かれているように思う。


 それに推しである彼女から今こうして頼られているのは本当に嬉しい事で、俺としてもソフィアともっと仲良くなりたいと思っていたのだから願ったり叶ったりの状況でもある。


『わかった、じゃあ一緒に行こう』

『やった! ありがとね、レン』


 嬉しそうな笑顔を見せるソフィア。

 彼女のこの屈託のない笑みは反則だと思う。だってこんな顔されたら誰だってときめいちゃうだろ。


 こうして俺は朝から心臓をバクバクさせながら、ソフィアと一緒に登校することになった。

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