第3話、アリス・ホワイトヴェール
『ソフィアさんは日本のどんな所が好きなんだ?』
『わたしが好きなのは日本のアニメね。キャラクターがとっても可愛くて感情豊かで好きなの。それにゲームの方も大好きで実はホラーゲームも良くプレイしてたりするわ。ゾンビが出てくるイビルハザードとかとても凄くて、いつもきゃーきゃー叫びながら遊んでいるの』
公園を出てからの事。
俺とソフィアはこうして話を交えつつ大通りを目指して歩いている。
そして彼女の話す内容に俺は驚いていた。
こんな可愛い女の子が、日本のアニメが好きで、しかもホラーゲームを絶叫しながらプレイするとは思わなかったのだ。
趣味が共通している事を知って、俺は鞄の中に片付けていたラノベを取り出した。
『実は俺もアニメやゲームが好きでさ。ほら、さっきもこういうのを読んでて』
『もしかしてこれってライトノベル?』
『そうそう、今度アニメ化される作品の原作。前からファンだったんだけどアニメ化前に読み直そうと思って』
『すごい奇遇ね。わたしを助けてくれたレンが、同じ趣味を持っているなんて。わたしも日本のライトノベルの翻訳版をたくさん読んでいて、お気に入りの作品をいっぱい持ってたりするのよ』
碧い瞳を星のように煌めかせて興奮気味に話すソフィア。
どうやら彼女は日本のオタク文化全般に強い関心を抱いているらしく、互いの趣味が通じていると知ってからというもの会話は盛り上がり、俺達はすっかり意気投合していた。
最近見たアニメの話や、好きなラノベの話、プレイして感動したゲームの事やオススメしたい面白い作品について語り合う。
俺にとってこうして趣味の話で盛り上がる機会は多くない、だから楽しくてつい話し込んでしまう。しかもその話相手が遠い国に住んでいて全く違う文化の中で育ってきたソフィアなのだから、アニメやゲームの面白さは国境を越えるのだと実感する。
それに俺は普段あまり口数が多い方ではないのだが、ソフィアと話をする時は次から次に言葉が出てくる。俺の話を楽しそうに聞いてくれる彼女の笑顔は魅力的だった。
『――あとはVtuberにハマってて。本当に可愛い子を見つけたんだ。あ、Vtuberってそもそも知ってる?』
俺がVtuberについてソフィアに聞いた時だった。
彼女はさっきと打って変わって目を逸らす。その碧い瞳は泳いでいるように見えて、明らかに動揺しているのが分かった。
不思議に思って首を傾げると、ソフィアはぎこちない笑みを浮かべながら答える。
『も、もちろん知ってるわ。可愛かったりかっこよかったりするキャラクターになって、ゲームを実況したり、楽しくお話したり、それも日本が発祥なのよね』
『ソフィアさんも知ってたんだな。反応がアニメやゲームの話をしていた時と違ったから、もしかしたら知らないのかなって思ったけど安心した』
『あ、あはは。そこまで詳しくはないの、その、ちょっと知ってるだけ。そう、ちょっとだけなの。ち、ちなみにだけど……レンのおすすめのVtuberは誰なの? やっぱり日本の人?』
『いや、俺が推してるのはアリス・ホワイトヴェールって海外の子でもう最高なんだ』
俺はスマホの画面にアリスのイラストを表示してソフィアに見せた。
そこに映っているのは銀髪碧眼のゆるふわ美少女で、水色のロリータドレスを身に纏っている。笑顔が似合う元気いっぱいの最高に可愛いVtuberだ。
『こんな感じでキャラクターが可愛いのもあるけど、中の人が本当に天使みたいな人で。声は可愛いし性格は優しいし歌は上手いし、それに配信してる時のアリスちゃんって元気いっぱいですごく楽しそうでさ、見てるこっちまで幸せな気分になれる。そんな彼女を応援する事が生きがいになってるくらいで――』
無意識のうちに俺は捲し立てるようにして喋っていた。自分の好きなものを語るというのは楽しいもので、こうして誰かに語る機会があると止まらないのは良くある事だ。
けれどそれが許されるのは仲の良い間柄に対してで、まだ出会ったばかりの人が相手となれば話は別。悪いクセが出てしまった事に気付いて俺は慌てて口を塞ぐ。
ソフィアから引かれてしまったかもしれない。
そう思って恐る恐る顔を上げたのだが――。
(え……?)
ソフィアは何故か羞恥に悶えるように顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた。
『あ、あれ……ソフィアさん? どうかした?』
『え、え……っ!? す、凄い人がいるんだなーって、び、びっくりしちゃっただけよ。へ、へぇーそうなんだー』
どこか棒読みのような口調で返事をするソフィアは、瞳をぐるぐると泳がせて耳たぶまで赤く染めている。
Vtuberの話題を出してから明らかに様子がおかしい。一切目を合わせなくなって、浮かべる表情は作り笑いで、その反応はまるで何かを誤魔化しているようにさえ見えるのだ。
(いや……まさか)
俺の脳裏にはさっき思い浮かべていた可能性が再びちらつき始めている。
アリス=ソフィア。
そんな事はあり得ないと自分に言い聞かせて、俺はその可能性を確かめようとはしなかった。けれど彼女の反応は俺の好奇心をくすぐり、もしかしたらという希望を抱かせる。
それを確かめようと、俺はアリスについてのとあるエピソードを披露し始めた。
『そういうわけでソフィアさんに、アリスちゃんのエピソードで聞いて欲しい神回があってさ、ちょっと語ってもいいかな?』
『ど、どうぞ。一体どんな内容なのかしら?』
『以前にさ、アリスちゃんがマジで怖い有名なホラーゲームで遊んでたんだよ。事前プレイとか無しのガチの初見で、そのゲームで一番のびっくりポイントに差し掛かった時の話』
『V、Vtuberの配信で人気なジャンルよね、し、知ってるわ』
『それでアリスちゃん、突然窓を突き破って飛び出してきたゾンビに本気で驚いて、座ってる椅子から転げ落ちたんだよね。どんがらがっしゃーんって、もうマイクにも全部その音が入ってて、コケる直前の叫び方から流れるようなリアクションが完璧すぎて切り抜き動画でも100万再生なんて余裕で超えてさ』
『……そ、それは、き、きっと椅子が悪かったのよ』
目を逸らしながら頬を掻くソフィア。あの時の配信もアリスは椅子が悪かったと言い訳してたな、なんて思い出しながら俺は熱弁を続ける。
『それに一度アリスちゃんって配信終了後にガチの配信切り忘れをした事があってさ。アリスちゃんってば配信を終える前に「寝る前に部屋の掃除する!」って視聴者と約束してたのに、終わった途端に「う~ん、寝るかぁ~っ」ってそのままベッドに直行して、コメントで総ツッコミされるんだよ。その後に配信の切り忘れに気付いたアリスちゃんの慌てっぷりは最高だったなあ。めっちゃ可愛かった』
『……~っ!』
俺がしているのはアリスが配信中にやらかした恥ずかしいエピソードだ。視聴者からすれば面白おかしい内容でも、配信者本人からすれば穴を掘って埋まりたくなるような思い出に違いない。
そしてアリスの恥ずかしいエピソードを聞いたソフィアは、というと――。
『も、もう止めにしない……? そ、それは、ほら、その……あんまり他の人に話すべきじゃないと思うの。その子にも、忘れたい記憶はいっぱいあるはずだから……』
激しい運動をしたわけでもないのに息を切らしながらそう言うソフィア。額からは汗が流れ落ちていて、先程よりもさらに紅潮した様子に見える。
俺はそんなソフィアに向けて最後のひと押しに入った。
『ところでソフィアさんの声ってアリスちゃんにそっくりだよな。まさかアリスちゃん本人だったりして……ってそんなわけないか~』
それは無関係な人にとっては冗談交じりの他愛もない発言のはずだ。けれどソフィアは大きく目を見開く。
その表情には驚きの色がありありと見て取れて、ふぅふぅと呼吸を荒くしながら首をぶんぶんと横に振っていた。
『ち、ち、ち、ちちち違うわよっ……!! わ、わわ、わたしがアリス・ホワイトヴェールだなんてそんなわけ、わ、わたしは全然関係ないただの一般人で! ほ、本当にそんな事ないんだからね!?」
焦った様子で必死に訴えかけるソフィア。
そんな彼女の姿は先程までの落ち着いた雰囲気からは想像出来ないくらいに取り乱していて、それはもはや答え合わせをしているようなものであった。
『あー多分……その誤魔化し方は逆効果なんじゃないかな……。めちゃくちゃ分かりやすいと思う、その反応……』
『っ~!!』
彼女も自分の発言を振り返ったようで、それから諦めたかのように大きく肩を落としてぼそりと呟いた。
『イギリスでは誰にもバレなかったのに……どうして遠く離れた日本でバレちゃうのよ、ううう……』
観念するように、小さくなってしまったソフィアを見て思う。
どうして今までバレなかったのか、それが不思議に思えるくらい彼女は素直で分かりやすい子だった――。
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