泣く泣くも良いほうを取る形見分け
決闘騒動から数日後、フランのギャン泣きという脅しに屈したビショップによって、とりあえずリカルドの街からの退去命令はひとまず保留となった。
この日、冒険者ギルド協会の応接室でタンユとゴンさんは、とある女性とその息子と向かい合って座っていた。
「この度は本当にありがとうございました。お陰様で、相続放棄の手続きもつつがなく完了いたしました」
女性は、深くお辞儀をした。
「いえいえ、奥さんの迫真の驚いた演技のおかげで、こちらも助かりました」
タンユも頭を下げる。女性は、ヴコールの妻だった。
「この剣だけは、どうしても手元に残したかったのですが、ヴコールの借金は到底返せる額ではありませんでしたので、ゴンザレスさんからご提案いただいた際は、本当に神のお導きかと思いました」
ブリッツシュラークの剣を膝の上に置くと、彼女は鞘を優しく撫でている。
「ヴコールから病床で相談された時は、本当にびっくりしたけどね。僕自身、その剣の製作費を彼に貸したことなんて、その時まで忘れていたし」
遡ること三十年ほど前、邪竜キングマンバを倒したヴコールは剣への加工代をゴンさんに借り、その際に「返せなかった際は、出来上がった剣の所有権を譲る」という契約をしていた。それが件の譲渡担保付金銭消費貸借契約書だ。所謂、返済期限の定めのない出世払いであり、貸したゴンさんも半ば祝い金のようなつもりだったようで忘却していた。
本来、借金を残したまま亡くなった人の財産を相続する場合、その借金も相続しなければならないが、すべての財産の相続をあきらめることにより借金についても相続しなくて済む。これを相続の放棄という。また、放棄する財産の中でどうしても手元に残したいものがある場合、その品物を市場価値相当額で買い取ることで相続財産外とすることもできる。
しかしながら、ブリッツシュラークの剣の市場価値相当の金銭を用意する資金力を彼女も息子も持ち合わせていなかった。そこで、ゴンさんは今回の一計を案じた。
つまり、ゴンさんはヴコールがまだ存命中に、件の借金の債権をタンユへ不良債権として格安で譲渡し、ヴコールの死とともにタンユは当該剣の所有権を取得した。
この時点で、ヴコールの財産から「ブリッツシュラークの剣」は外れるので、相続放棄する財産ではなくなる。ただ、このままではいくらタンユの財産であるといっても実物がないので絵に描いた餅である。そこで、ヴコールの葬式で実物を手に入れたあと、武器登記をすることで対外的にも「タンユが所有者である」という対抗要件を備えた。
そして、剣の所有者であるタンユがこの剣を「いくら」で「誰に」売っても何も問題ないのである。
タンユは、剣の代金として、今回の計画にかかった雑費と幾ばくかの手数料を受け取ると、剣の所有権を未亡人へ譲渡した。
「お二人は、この後はどうされる予定なんですか?」
ゴンさんの登記手続き中にタンユは彼女と息子に聞いてみた。
「父は、母に冒険者遺族年金と死亡保険金を残してくれましたので、この街を出て王都の方で私の家に近いところに家を購入して暮らす予定です」
「この子は、一緒にと言ってくれたんですけど、一度くらい伸び伸び誰のお世話もせずに一人で暮らしてみたくてワガママ言ってみましたの」
微笑みあう親子を見て、タンユも幸せな気持ちになった。
「はい。これで手続き終了」
ゴンさんは証文魔術が終わると、パンっと手を打った。
「奥さん、念のため王都にご出発される日まで、このまま剣は協会で預かってもらいましょう。所有権もまだ俺にあるように振舞ってください」
「はい。何卒宜しくお願い致します」
未亡人と息子は、応接室の扉が閉まりきる迄、ずっと深くお辞儀をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます