虫とゴブリン、ときどき女の子

 店の前は、野次馬と救急隊と消防隊でザワザワと大変な騒ぎである。ビショップもさすがに事態の収拾に頭を抱えている。とりあえず、リカルドは店の中に戻された。


 白くてすべすべぷにぷにのマシュマロのような肌の頬を膨らませて、カウンターの椅子に座って機嫌の悪そうなフランにリカルドは困惑する。

「……フランさーん、もしもし~?」

 リカルドがフランの顔の前で手を振ると、プイっとそっぽを向いてしまった。

「ええ~……、フランのご希望通り、俺勝ったんだけど……」

 むぅ、とさらに怒ってフランは呟く。

「リカ君の噓つき……」

「噓つきって、なにが……」

 困り果てて、リカルドがタンユに助けを求める。タンユは眉間を抑えると天井を仰いだ。

「あー…あれだな…これはたぶん公衆の面前でミゲルにボコボコにやられて、『リカルド君、弱いじゃん。顔だけじゃん。ダサッ』という効果を期待してんじゃないかと……」

 隣のルシオも額に手を当てて溜め息をついた。


「…………喧嘩弱いって言ってたのに」

 フランの大きな翡翠ヒスイ色の瞳にみるみる涙がたまっていく。

「わわわ……泣かないでぇ~。ごめんって。ちょっとフランにカッコいいところ見せようとしただけだったんだよ」

「ひっく……みんなの前で……グズッ……カッコいいところ、わざわざ見せる必要ないじゃん! リカ…君…これ以上モテるの、やだぁぁあああ!」

「ちょ……わ……」

 オロオロとリカルドが服の袖でフランの涙を押さえる。


 成人してるのに理不尽な癇癪かんしゃくを起してギャン泣きをする妹分を眺めながら、ルシオは呟く。

「どう考えてもフランの性格ワガママは、タン兄に対しての成功体験のせいだと思うわ」

「……はい、反省してます……」


 店の扉が開いて、眉間にしわ寄せて厳しい顔をしたビショップと騒ぎの知らせで駆け付けたゴンさん、それにゴブリン退治の老人三人衆が入ってくる。ギャン泣き中のフランはリカルドとルシオに丸投げして、タンユは彼らの方へそそくさと混ざる。


「なんかの。他のギルドで人間関係上手くいかなったらしくての。仮入団中に退団したのに入団金の返却されなかったとかで、借金の返済に困ってて、儂らんとこに来たんじゃよ」

「いい子だったけど、ゴブリンの退治は綺麗な仕事でもないし、ダメな人はダメだからの、とりあえず一回仕事頼んでみて、それで続けられそうだったらってことにしたのよ」

 んだんだ、と三人は頷く。

「一番簡単な罠で捕まえたゴブリンの殺処分お願いしたらな。そのうちの一匹が罠の掛かりが甘くて外れてしもうて急に襲い掛かってきての、その時にゴブリンの臭いにビックリしてもうたらしくて、あの子全力で剣を抜刀しちまったんじゃ……」

「さっきみたいに力を抑える余裕もなかったんじゃろな」

「捕まえてたゴブリンは全部罠ごとミンチになるわ、見渡す限りの木はなぎ倒されるわ、衝撃波が山肌にぶつかったせいで崖崩れが起こるわ、そりゃもうエライ騒ぎになってしもうて」

 剣術トリプルS……桁外れすぎる。ヒェッとタンユはドン引きした。


「森林警備隊の人たちには説明したんだけんども、みんな信じてくれんくて」

「結局、竜巻が起きたのを儂らが耄碌もうろくして見間違えたことになってな」

 んだんだ、と三人は頷く。

 終始難しい顔をしていたビショップは口をようやく開いた。

「俺もさっきのを見ていなければ、おそらく信じなかっただろう。焚きつけた俺たちが悪かったとはいえ、さすがに街に彼を置くのは危険だ。あれでは剣でなくとも掃除用のモップでさえ危ない。街からの退去命令を……」

 ゴンさんが慌てて、ビショップを窘める。

「ビショップ君、ちょっとそれは性急すぎる決断じゃないかね。さっきの道路の被害も彼ちゃんと水道管もガス管も外してたし、何よりミゲル君の怪我もわざわざ利き手の反対側だったんだろう? コントロールはできてると思うよ」

「しかし、ゴンザレス、そうは言ってもやはり……」


「あのぉ~」

 ビショップとゴンさんの話に割って入るようにタンユが手を上げる。

「リカルドを街から追い出したら、たぶんフランついていくと思うぞ。あの様子じゃ」

 立てた親指を背後のカウンターの方へ向ける。

 フランは、リカルドとルシオの懸命なあやしにより、ようやく泣き止んだようだった。

「リカルドが一人ならまぁ上手くやるだろうけど、あんな生活能力皆無の二人が街の外で生きていけるのか? 何より俺はリカルドの退去命令をフランに伝えて、ギャン泣きされるのが怖い……」


 ビショップはまるで恐ろしい予言を受けたかのように、沈痛な面持ちで腕を組んで目をつぶった。






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