悪の帝国に忠誠を ~最愛の人の為に、私は悪に染まる事にした~
虎馬チキン
1 プロローグ
この国は腐っている。
根本から腐りきっている。
私『セレナ・アメジスト』は生まれて一年もしない内に、その事に気づいた。
私には前世の記憶がある。
平和で、人権というものが重んじられていた国、日本で生まれ育ち、事故に合って若くして死んだ記憶だ。
私は生まれた瞬間からその記憶を持っていた。
死んで生まれ変わった訳だから、これは所謂、転生というやつだと思う。
当たり前のように魔術っていう不思議な力が使えたから、転生は転生でも、ほぼ間違いなく異世界転生だな。
それも、私の推測が正しければ、それなりに特殊な部類の。
前世の私はその手の創作物が好きだったから、転生したという事自体は割とすんなり受け入れられた。
そして、現代日本人の記憶を持っているからこそ、私にはこの国の酷さがわかる。
この国『ブラックダイヤ帝国』では、特権階級である貴族以外の人々、所謂平民と呼ばれる人達の人権が非常に軽視されているのだ。
貴族の機嫌を損ねれば、その場で殺されて当たり前。
美しい女性が貴族の目に留まれば、たとえ既婚者やラブラブカップルであろうとも、性奴隷として連れて行かれてしまう。
それどころか、戯れに誘拐され、拷問にかけられる事すらある。
魔獣という化け物の前に放り出して、無惨に惨殺されるのを見て楽しむ遊びもあるとか。
子供が無邪気に虫を解体して楽しむように、貴族は平民を玩具にして楽しむのだ。
抵抗すれば、勿論処刑。
一族郎党皆殺しもあり得る。
そんな悲劇が、この国にはありふれている。
ひっどい。
そして、それが咎められる事はない。
貴族であるという、ただそれだけの理由で人を殺しても許されるのだ。
罪にすら問われないのだ。
何故なら、国の法がそれを許しているから。
むしろ、貴族は平民を同じ人間として扱っていない。
酷い!
酷すぎる!
どいつこいつも腐ってやがる!
この国では、貴族に生まれなければ、明日の命の保証すらない。
だが、貴族に生まれれば安心できるのかと言えば、否だ。
貴族は貴族で色々とある。
跡目争いで血を別けた兄弟に殺されかけたりとか。
立場の低い側室の子とかに生まれた奴が、腹違いの兄弟や親にまで虐められるとか。
そういう事があるのだ。
というか、それ私の話なんだがな!
我が実家であるアメジスト家は、伯爵という貴族の中でもそれなりに高い身分を持ってる。
それなりに大きな領地も持ってるし、貴族社会への影響力もそれなりにあるらしい。
ただし、私の母親は貴族の中で一番下の男爵家出身の側室で、しかも私を生んですぐに亡くなってる。
おまけに、母親の実家である男爵家は、領地のあれこれだか政治的なゴタゴタだかで弱りきってるらしい。
つまり、私には後ろ楯が何もない訳だ。
それ故に、家の中では使用人並みに軽んじられ、いない者として扱われ、時には意味もなく殴られる事すらある。
ストレス発散のサンドバッグ扱いだよ。
ざけんな!
そんな私に優しくしてくれるのは、天使な同腹の姉だけ。
それ以外はクソだし、しかも念の為なのか何なのか知らないけど、臆病者の長男とかには暗殺者を仕向けられる始末。
私まだ5歳の幼女なんだが?
幼女にする仕打ちじゃねぇだろ!?
正直、その暗殺者を退けられたのは奇跡だった。
魔力という不思議パワーに目覚めてなかったら死んでた。
ご都合主義で魔術が使えなければ死んでた。
ありがとう、魔力。
ありがとう、魔術。
まあ、おかげで兄には更に警戒されたけどな。
こんな感じで、貴族に生まれても死の危険が常に付きまとう国なのだよ、ここは。
いや、私の場合は、その中でも輪をかけて危険な気がするけれども。
下手したら、そこらの平民よりも過酷な人生送る事になるんじゃないか、これ?
おのれ神、こんな環境に転生させやがって。
神がいるなら絶対にシバく。
シバキ倒してやる。
「でも、なっちゃったものは仕方ないよなぁ……」
天に唾吐いたところで何にもならない。
だったら、自分にできる事をした方がいい。
前向きさは、私の数少ない自慢なのだから。
「よし! 気を取り直して、今日も秘密特訓といこうか!」
私はそう宣言し、自分の内側に意識を向けた。
身体の内側にある、前世では全く感じなかったエネルギー、魔力を感じる為だ。
魔力を感じ取ったら、次はその魔力に形を与え、体外へと放出する。
これはイメージが大事。
魔力は術者のイメージに合わせて形を変え、魔術という現象となってこの世に顕現する。
「『
そうして作り上げたのは、氷属性の初級魔術である『
冷気を発生させる魔術。
それによって、私が特訓に使っている森の中の秘密基地周辺が凍りついた。
そして、瞬時に氷だけを砕いて元の風景へと戻す。
うーん。
狙った範囲、誤差3センチ前後ってところかな。
それに、葉っぱとかは氷ごと砕けちゃってる。
この誤差を1ミリ以内に、そして狙った事以外の影響を限りなく0にするのが今の目標だ。
そこまでの精密コントロールができるようになれば、やれる事の幅がグッと広がる。
目的の魔術にも大きく近づくだろう。
ちなみに、本気を出せば、秘密基地周辺だけじゃなく屋敷ごと凍らせる事もできるけど、あくまでも秘密特訓なので加減してる。
あと、なんとなく、この魔術の才能のせいで兄に狙われたんじゃないかなーって思ってるから、できるだけ人前で魔術を使わないようにしているのだ。
今のところ、色々と見せる相手は一人しかいない。
あと、なんで氷魔術を使ったのかと言うと、私が氷以外の魔術を殆ど使えないからだ。
これは私に氷属性以外の才能がないとかじゃなく、この世界の魔術の仕様である。
私が凡人な訳じゃないので、そこんとこくれぐれも勘違いしないように!
この世界の魔術には火とか水とかの属性があって、魔術師はその属性の内のどれか一つを宿して生まれる。
そして、魔術師は自分が持ってる属性と、魔力さえあれば誰でも使える無属性魔術以外の魔術を使う事はできないのだ。
若干不便に感じるけど、そもそも魔術師、というより魔力を身に宿して生まれる人間は万人に一人って話だし、使えるだけ儲けものと思わないと。
と言っても、魔力というのは遺伝するらしいから、この国を設立した大魔術師達を先祖に持つと言われている貴族は殆どが魔術を使えるんだけどな!
要するに、私だけが特別な訳じゃないって事だ。
貴族がこんだけ腐りきった暴政を敷いても革命とかが起こらないのは、平民の兵士が100人集まっても、戦闘員でもない貴族の魔術師一人にすら勝てないからっていうのが最大の理由だし。
だから、貴族が選民意識で調子に乗る訳だ。
でも、そんな貴族の中でも、私はそれなりに強い魔術師だと思う。
何せ、生まれた時から鍛えまくってるし。
魔術の威力も、魔術を使い続ける為の魔力量も、鍛えれば鍛えるだけ上がっていく。
普通の貴族が、勉強だ、社交だ、学校だ、お楽しみだ、なんだとやってる間、私はずっと血反吐を吐く程に魔術を鍛え続けてるのだ。
これで魔術まで他の奴らに負けたら、さすがに惨め過ぎるわ。
だから今日も、私は魔術を鍛え続ける。
いつか、この力で、この腐った国から逃げ出してやるんだと誓いながら。
「あ、やっぱりここに居た! 今日も頑張ってるね、セレナ」
そうして秘密特訓を続ける私の元に来客があった。
これが招かれざる客だったら、常時発動してる無属性の上級魔術『探索魔術』という見◯色の覇気みたいな魔術で気配を察知し、即座に痕跡を隠蔽して逃げる。
でも、この人は招かれざる客ではない。
むしろ、ウェルカム! と叫びたい程に招きたい客だ。
「エミリア姉様!」
「わっ」
私はその客人、この家で唯一私に優しくしてくれる同腹の姉にして、この腐りきった国に舞い降りた天使、エミリア姉様に抱き着いた。
そのまま頬擦りを開始する。
わぁ、姉様からいい臭いがするー。
人間性って香りにまで現れるんだなー。
相変わらず、とろけるような優しい香りだよー。
エミリア姉様は、私より5つ歳上の10歳だ。
しかし、10歳にして既に他の
まず、なんと言っても優しい。
他の
時には、哀れな被害者をこっそり逃がす事だってある。
自分だって私同様、後ろ楯がないにも関わらずだ。
その行いが当主である父親の不興を買いでもしたら一巻の終わりなのに、そんな事はお構い無しとばかりに人助けを敢行する人なのだ、この人は。
聖人か!
いや天使だ!
姉様の迸る大天使オーラがなければ、私は早々にこの第二の人生に絶望して首でも括ってたかもしれない。
いつか私がこの国から逃げ出す時は、必ず姉様も一緒に連れて行く!
そして、ここから遠く離れた国で、姉妹二人幸せに暮らすのだ!
私の迸る姉様への愛は誰にも邪魔させねぇぜ!
「うへへ、姉様~!」
「ふふ、相変わらず甘えん坊さんね、セレナは」
そりゃそうですよ。
姉様しか甘えられる相手がいないもの。
今は存分に甘えるし、私が頼れる大人の女になったら、今度は私が姉様を甘やかすんじゃあ!
近々起こる革命なんかに絶対巻き込ませない!
姉様は私が守る!
……そう、この国では近い内に革命が起こる。
ソースは、私が前世から持ってきた知識。
これが当たる確率は高い。
そして、革命なんて起きた日には、ウチみたいなクソ貴族、真っ先に処刑されるに決まってる。
別に他の
絶対に。
革命が起こる正確な時間は、逆算して大体予想できる。
だから、それまでに何としても魔術を極め、姉様と一緒に帝国から逃げ出す!
それが私の生まれて来た意味なのだ!
そう決意を新たにしつつ、今日は姉様に修行の成果を見せて褒められたり、姉様が学校で学んできた事を教えてもらったりしてイチャイチャした。
いや、うん、ほら、これは必要な事なんだよ。
10歳になって貴族の学園に通い始めた姉様は忙しいから、最近はこういうイチャイチャタイムが滅多に取れないんだよ。
腹が減っては戦はできぬ。
ラブパワーが不足しても戦はできぬ。
だから、これは必要な事なのだ。
戦士の休息なのだ。
そうして、しっかりと姉様成分とラブパワーを充填し、私のやる気スイッチは押され、モチベーションは頂点を極めた。
よし!
明日からも頑張るぜ!
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