第十一話 ま、ママ……?

 時刻は陽も沈み始めたオレンジの空が広がる時間帯。


「ねぇ、鷹矢。さっきからどこに向かってるのよ?」

「だから、着いてからのお楽しみだって。あ、お姉さん。二つ目に信号を右手です」


「はいはーい。あ、私のことは実彩子でいいからね~」

「それに、何かお姉ちゃんと仲良くなってない?」


 不服そうな表情をした遥香が、俺の体をつついて来る。

 痛いくはないんだけど、こそばゆくて変な感覚だった。それでも、ツンツンとされる感触は少しだけ変な気持ちにもさせた。


「鷹矢~、何か、変なこと考えてんじゃねぇだろうな」


 からかうように秀明が、後ろの席から話しかけ来る。

 なんで俺の気持ちが分かるねん、エスパーかよ。


「うるせぇよ……」


 遥香が俺の家に泊ってから数日。


 遥香のお姉さん──実彩子さんと準備が終わって、俺達はキャンプ場に向かっていた。


 メンバーは当然、いつものメンバーだ。

 雫、美咲、陽葵、秀明、遥香、実彩子さんと俺の七人だ。


 実彩子さんは置いといて、それでも六人だから、大所帯になったものである。少なくとも、去年の今頃からは考えられなかった。


 勿論、キャンプ場までは徒歩で向かっていける距離じゃないので、お姉さんに車を出してもらった。今日のためだけに、仕事を休んでくれたんだから、頭が上がらないのものである。


「あ、鷹矢君。そこにあるガムとってくれない?」


 カーナビの下にあるドリンクホルダーに、眠気覚まし用のガムがあった。


「ちょっと待ってくださいね……」


 ガムの包装を破って、すぐに食べられる状態にして渡そうとしたのだが、


「お、気が利くね~、ポイント高いよ。じゃ、あ~ん」

「え?」


 実彩子さんは食べさせてもらおうと考えたのか、口を開けたのだ。


「え、じゃないでしょー。私はハンドルを握ってるんだから、食べられるわけないじゃん」


 嘘つけ……運転中、何度か片手運転してたの見てたぞ。


「ほらほら、あ~ん」


 楽しそうに、声色高くした実彩子さんが『あ~ん』を待っていた。

 あの人、清楚な外見に反して結構イジワルだな? それに、俺の左に座る遥香や後ろに座る雫たちの視線が痛い……。


 と、とにかく。

 ちゃっちゃかと、終わらせてしまおう。そう思って、お姉さんにガムを食べさせようとしたんだが、


「だ、ダメーーー!!!」


 遥香が、声を裏返させながら俺からガムを奪うように取った。そして、遥香がお姉さんにガムを食べさしていた。


「ムフフフ……これはこれでアリだねぇ」


 ニヤニヤとご満悦な表情を浮かべるお姉さんは、とろけるような声でそう漏らしていた。


 あの人、本当にシスコンだなぁ……。


「も、もーう! お姉ちゃんってば……!」

「ごめん、ごめんってば! 遥香ちゃんが大好きな鷹矢君を一人占めするような事はしないってば」


「うん……それならいいけど……?」


 お姉さんの言う事に同意する遥香だったが、要領を得ない言葉に、首を傾げていた。


 それは俺もそうだった。


 今の言葉から考えるに、一人占めをしないってだけで、姉妹でガンガンに狙っていることを指しているようにも取れるわけで……いや、流石に考えすぎか。


 そうだよな。

 そんなあからさまに堂々と喧嘩売るような武闘派なわけないもんな。


「ん? 今の言葉って……え?」


 ただ、後ろの席の美咲が、茫然としたような声を漏らしていた。


「え? 実彩子さん? もしかして──」

「あ、目的地のキャンプ場が見えて来たよー」


 美咲のその言葉は、お姉さんによって遮られてしまったのだった。


               ※


キャンプ場に着くころには、すっかり陽も沈んでいた。


「ねぇ、鷹矢ここって……」

「おう、前にレクリエーションで来たキャンプ場だな」


 お姉さんに車で連れてきてもらったのは、美咲や陽葵と色々あったキャンプ場だ。ちなみに今日は貸し切り状態になっている。


 本当は、貸し切り状態にするつもりもなかったんだが、お姉さんとの希望で貸し切り状態にしてもらったのだ。お金を稼いでる人ってすげーな、って言うのが、率直な感想だった。


 まぁ、贅沢できて嬉しいんだけどね?


「み、みさ……! し、失礼しました。すいません、お待ちしておりました。準備はできてますので、すぐに始められますよ。ゴミだけまとめておくように、お願いします」


 俺達が到着するや、声をかけてくる男性が一人。


 最初、実彩子さんが現れたことに驚いたようだが、そこはプロ。すぐに普通の接客態度に戻った。それから、簡単に食材等の説明をすると、どこかに行ってしまった。


 この業者さんは、BQの準備と後片付けをしてくれる業者さんだ。めんどくさい火おこしから、後片付けまでしてくれるのだから、本当に便利である。


 そのため俺達は今日、何の準備もしないで、手ぶらでやってこられたのだ。


「けど、本当に良かったんですか? せめて、業者さんの費用ぐらい──」


 そう、今回の費用モロモロ全てが、実彩子さんと『あの人』から出ているのである。


 便利さや快適さをお金で買うのは、分かるのだが、それでも出してもらってばかりというのも、申し訳なかった。


「いいの、いいの! こういうのは年長者が払うもんでしょ? それに、今回の件が申し訳ないって思うんなら、遥香ちゃんや私と出かけた時に、何か御馳走してくれればいいから?」


「は、はぁ……」


 しかし、実彩子さんは気にした様子もなかった。何か外堀を埋めるようなセリフが聞こえてきたのだから、笑えない。


 今回の件といい、お世話になってるだけに、要所要所でお願いされたら断れない自信がある。


 実彩子さん……コワイ。

 そう思っていた時。


「遥香だけなら百歩譲って分かるんですけど、なんで実彩子さんも一緒なんですかねぇ……?」


 引きつったような笑みを浮かべながら、美咲が話しかけてきた。

 心なしか、こめかみに青筋が浮かんでいるのは気のせいだろうか。ちなみに、雫たちは喜々としてBQを始めていた


「ねぇ、陽葵ちゃん! 見て見てー、これすっごい高そうなお肉じゃない?」

「分かったから、ちょっと待ちなさい雫。まだ半生でしょ?」

「はーい、ありがと」


 思ってるよりも陽葵は面倒見がいいようだ。楽しそうなのが伝わってくる。


「そりゃあね? 私も色々とあるんだよー」

「ご、誤魔化さないでください!」

「ほらほら、そんな顔しないでお肉食べてきなよ」 


 曖昧な返事の実彩子さんに対して、焦った様子の美咲。どうも、実彩子さんの方が一枚上手のようである。


「ちょっと鷹矢! どういうことなのよ。質問に答えてもらってないわよ」


 美咲が渋々、雫たちに合流すると、次に声をかけてきたのは遥香だった。

 その表情は、分からないことだらけで、少しだけいら立ちが含まれているようにも思えた。


「約束を果たせないままだ、って言ってただろ? だから、それを叶えて欲しいって思ってさ。そして、とっとと母ちゃんと仲直りしてしまえ」

「え……何言って……?」


 俺を生んでくれた母さんは、物心つく前に他界している。そして、父さんが再婚してから新しい母さんができた。家族が増えると、父さんと二人暮らしの時には気にならなかった何かがあった。


 家に帰ると、『お帰り』って言ってくれる人がいることが、こんなに胸を暖かくさせるとは思わなかった。まぁ、母さんに話すつもりはないけど。


 だから、喧嘩したままって言うのは悲しかったし、早く仲直りしてほしいと思った。


 だから──


 その時。

 貸し切りになってるはずのキャンプ場に、一台のタクシーが到着した。

 そして、タクシーから降りてくるのは


「ひ、久しぶり……遥香ちゃん。元気にしてた?」

「ま、ママ……?」


 遥香のお母さんだ。


 遥香のお母さんは、気まずそうな、申し訳なさそうな表情をしていた。それでも、自分の娘が元気そうなことに安堵の表情を浮かべていた。


 そして、そのタイミング。

 パアン!

 大輪の花火が、夜空に打ちあがった。


 それから、連続で何発もどんどん打ちあがっていく。紺色の夜空に、赤、黄、緑、多種多様な色の花火が打ち上がっていく。


「わぁーきれい!」

「バーベキューしながら花火見るって贅沢ね」

「そうね。けどいい思い出だわ」


 雫が、美咲が、陽葵が突如、打ちあがった花火に感嘆の声を漏らしていた。


「え、花火……ね、ねぇ……鷹矢? 本当に……」

「ああ、実はな──」


 ─────────────────────────────────────


 すいません!

 リアルが忙しくて更新できませんでした。

 明日は更新しますので、お待ちいただければと思います。

 そして、三章もあと二話で終わる予定です!

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