第二話 やめてって言ってるでしょ

「だから、やめてって言ってるでしょっ!」


 美咲達と話していると、教室の端から、金切り声にも近い叫び声が聞こえてきた。

 あの声って、もしかして遥香……?


「え……今の声って遥香よね……鷹矢君」


 美咲も、遥香が叫び声をあげたことが信じられないようで、おそるおそる俺に尋ねて来た。


「そうだと思う……多分」


 それでも、普段の冷静で沈着な遥香からは想像がつかなかった。


「何か分からないけど、あの中世古なかせこがあれだけ怒ってるんでしょ? 何かよっぽど怒らせることしたんじゃないの?」


 俺や美咲と違って、付き合いの短い陽葵はピンときてなさそうな表情だった。


「まぁ普段、中世古も何を考えているのか分からないし、地雷が何か分からないから、仕方ないかもだけどねー」


「そうじゃないでしょ! あのポンコツで天然でピュアの遥香が怒ってるんだよ。鷹矢君、早くいくよ」

「お、おう!」


 美咲の後を俺も追いかける。すると、俺達の後ろで陽葵が


「な、なによ……なら、私にも分かるように言いなさいよ!」


 そう文句を言いながら、俺達の後を追いかけてきた。


 現場では、遥香と数人の女子を囲うように円が出来上がっており、そのほとんどが野次馬だった。



「え……中世古さんって、あんなに大きな声を出すんだ……」

「あの二人、何を言ったんだろうね……」

「見てよ中世古さん。泣きそうになってるじゃん……かわいそう……」


 

「ちょっと、どいて!」


 野次馬たちをかけ分けながら、遥香の元にまで向かう。時折、無理矢理、押しのけようとする俺達にいやそうな顔を向けられたが、そこは女子の中心人物の美咲とギャルで(見た目は)怖い陽葵もいるので、文句を言われることはなかった。


「そんなに怒ることないじゃん……サインをお願いするだけで、どうしてそこまで言われないといけないのよ」

「中世古さんには迷惑をかけてないでしょ」


「あなた達の中ではそうかもしれないけど、私にとってはとても不快だわ。二度とその話題を出さないでくれるかしら」


 クラスメイトの言い分をばっさりと切る遥香。しかし、その遥香の言い方が気に食わなかったようで、クラスメイト二人は眉間のしわを深くさせていた。


 それでも、周囲から予想以上に視線を集めて居心地悪そうにしていた。


 何よりも、美咲や陽葵が射貫くような視線で睨んでいたことに、萎縮していた。まぁ、俺が同じようにやっても影響力はないわな……。


 とりあえず、俺は俺でできることをするか。


「一体、何があったんだよ……」

「た、鷹矢……っ!」


 俺が話しかけてきたことに、遥香はおびえるような表情をしていた。


 同時に、周囲が見渡せるようになったようで、視線を集めていることに気づいたようだ。恥ずかしくなったのか、これ以上何も知られたくないと思ったのか。


 遥香は、俺から顔を背けると、教室から出て行ってしまったのだ。


「ちょっと待てよ!」


 美咲達に、遥香を追いかけると伝えようとした時。


「鷹矢君、後の事は私達で何とかしておくから、遥香を追いかけて」

「サンキュー! 助かるよ」


 以心伝心で伝わったことが凄く嬉しかった。

 そのまま美咲達に任せて、遥香の後を追いかけた。


 案の定、


「おい、水瀬! お前、また学校をサボるのか!」

「す、すいませーん!」


 あーあ……また授業さぼってしまった。


               ※


「何してんだよ遥香」


 追いかけると、遥香は拍子抜けするくらい、簡単に見つかった。


 というのも、背中姿をずっと追いかけていたことに合わせて、そんなに足が早くなかったのだ。どうも、運動は苦手なようだ。まぁ、勉強できて容姿も性格もいいんだから、そりゃあ苦手なことくらいあるわな。


 何か少しだけ、遥香の事が身近に感じられた。


「鷹矢……」


 遥香は、体育館裏の人気のない場所で膝を抱えながら座っていたのだ。それも、膝に顔をうずめるようにしながらだ。そんな遥香の姿が、いつかの美咲と重なって見えてしまった。


「ごめんなさい……恥ずかしいところを見せたわね」


「別にそんなことないし、俺は気にしない。何かあるなら話せよ。俺はもう遥香にとって、全く関係ない人間じゃないだろ」


「鷹矢……ばか、そんなこと言われたら、話さないわけにはいかないじゃない……」 


 それから遥香は軽く深呼吸すると、先ほどのことを話し始めてくれた。


「鷹矢はさ、仮面レンジャーで有名になった子役の女の子って知ってる? 主人公の妹役で、ピンチになったら仮面レンジャーに助けてもらう女の子」

「あー……そんな子もいたようないなかったような……」


 そんなに覚えてないけど……いたような気もする。

 確か、「助けてー仮面レンジャー!」って叫んでた女の子だったと思う。

 そこからブレイクして、てれてれキッズとして番組に出てたような気もする……


「って、まさか!」


「ええ、そうよ……その子役がアタシなのよ。それだけじゃないわ。私の姉は読者モデルと女優を務める実彩子みさこで、母は女帝の教室で先生役をしていた詩織しおりよ」


 実彩子……?


 どっかで聞いたことがあるような……そうだ! 朝、雫と一緒に話したあの読者モデルさんか……それに、お母さんが女帝の教室の先生役の人……って、え?


 あの、パリでホームパーティーしたとか、シャンゼリゼ大通りに行ってきたとか……


「私の家族はね、みんな役者なのよ……それで、私だけが役者になれなかった出来損ない……」


 そう笑う遥香の顔が、どうしようもないくらいに悲し気に濡れていた。


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 最後まで読んでいただきありがとうございました~

 明日の投稿はお休みで、明後日(12/11)の投稿になります!

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