Side 中世古遥香(なかせこはるか)の恋心


 神様……私の目の前で、好きな人と好きな人の妹がキスをしています……これはなんて地獄ですか。

 私──中世古遥香なかせこはるかはめまいを覚えていた。


 好きな人──水瀬鷹矢みなせたかやが、妹のしずくちゃんとキスしてしたのはいい。いえ、良くはないんだけど、百歩譲っていいとしよう。


 問題は、その後の雫のリアクションだ。


 キスした後の雫ちゃんの表情が、最近になってよく見る表情とそっくりすぎたのだ。その表情は、私だけじゃなくて、五十嵐美咲いがらしみさきもよく浮かべいる。


 だって、恋する乙女の表情なのだから……。

 こけたせいで足がしびれたとかいってたけど、本当なのか疑わしい。

 茫然としながらも、私は鷹矢と出会った時のことを思い出していた。

                 

              ※


 私が鷹矢と出会ったのは、去年の十月頃だったと思う。


 それまでの鷹矢の印象というのは、清潔感の欠片もない陰キャだった。だというのに、今は清潔感溢れて、少しかっこよくなっていたのだから、女子の間でも少し噂されていた。


 そんな話題の人物が私に何の用だろう思っていたんだけど、まさかの勉強を教えて欲しいとのことだった。生徒会業務に加え、私だって自分の勉強があるのだ。他人の面倒を見る余裕なんてあるわけがなかった。


当然、私は断った。


『そこを何とか! お礼なら必ずするんで』


 だけど、鷹矢は粘ってきたので、私はやり方を変えることにした。このまま素直に引いてくれるとは思ってなかったので、無理なことを押し付けて、諦めさせようと考えたのだ。


『そうね……なら明日までにこの問題集を仕上げてちょうだい。だったら、検討してあげるわ』


 まぁ、明日までに仕上げるなんて無理でしょうけど。 

 私が鷹矢に渡したのは、レッドチャート。

 難易度の高い問題集で、分厚さから見ても一日で仕上げれるわけがない。そう思っていたんだけど──。


 翌日のことだ。


『中世古さん、ちゃんと全部やってきたよ!』

『…………は?』


 目の下にクマを作った鷹矢が、証拠として私にノートを渡してきた。


『え……本当にやって来たの?』


 私は奪い取るように、鷹矢から問題集を取ると、中身を確認した。


『うっそ……本当に全部やってる……』 


 まぁ、答えはほとんど間違ってるのだけれど。


『そうだろ、これで教えてくれるよな』

『え、ええ……』 


 こうなってしまっては、私も約束を守らないわけにはいかなかった。


 だって、私はみんなが羨む中世古遥香なのだから。

 だから、期待には必ず応えないといけなかった。

 この時の私はそう思っていた。


 そして、この日からだったと思う。私の景色が変わり始めたのは。


             ※


 吐く息も白い、十一月中旬。


 私が、鷹矢の勉強を見始めて一か月半ちょっと経った頃だ。

 終礼のHRで、担任の先生が学年順位表を配っていた。


『中世古さん、見てよこの順位!』

『……うそっ! やったじゃないっ!』


 鷹矢の順位は、280人中の60位。前回が、250位ということを踏まえると、素晴らしい伸びっぷりだった。


 鷹矢の努力が報われたのが嬉しくて、思わずハイタッチしてしまった。そんな私達を見て、クラスメイト達は呆気に取られていた。


 まぁ、そりゃそうよね……自分でも言う話ではないが、私は周囲の人から高嶺の花だとか、孤高の~とか言われている。


つまるところ、ボッチの人間というわけだ。


私も私で、みんなの期待に応えまくっていた分、いつの間にか距離を取られていた。


『中世古さんと私達じゃ釣り合わないよね~』

『中世古さんは凄いんだから、私達がその邪魔になってもね……』


 最終的には、こんなことまで言われる始末だった。


『中世古さん? おーい』


 そんなことを思い返して、少しブルーな気分になっていると、鷹矢が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


『と、とりえあず、移動するわよ!』


 そのまま、私は終礼のHR中ということも忘れて、鷹矢を連れて教室から出て行った。クラスメイトの視線落ち着かなかったというのもある。何よりも、鷹矢とはこの一か月でかなり仲良くなったと思う。そんな鷹矢までもが、昔の友達みたいなことを言うのかと思うと、怖くなってしまったのだ。


 ふと冷静に振り返ってみると、鷹矢まで連れ出す必要はなかったと思う。でも、あの時の私には余裕がなかったので、仕方なかったことだと思いたい。


 そのまま私達は、生徒会室まで来た。テスト期間ということもあって、二人切りになれる場所だった。


『なぁ、何かあったのか? 普段からお世話になってるんだし、俺にできることなら、何でも相談にのるぞ?』


 どうして、鷹矢はこういう時に限って、鋭いんだろう……私が、ヘアゴムを変えても、メイクを変えても気づかないのに、大事なことだけはすぐに気付いてくれる。ムカつくんだけど、嬉しくて、つい弱音を零してしまった。


『別に大したことじゃないわよ……ただ、アンタと違って、私は友達がいないのよ……』

『え……?』

『きっと……あんただって……』


 涙ぐんでしまう自分が情けないやら、悔しいやら、複雑な気持ちだった。

 私は一人でも大丈夫だって思ってたのに──。



『いやいやいやいや! 俺達、友達じゃないの?』 

 


『え……友達……?』


 予想もしていないことを言われて、ぽかんとしてしまった。多分、物凄くマヌケな表情をしていたと思う。


『え、違うの……だって、一緒に勉強して、ご飯も食べたろ? 十分に友達って言える関係なのでは……』


 本気で悲しい表情をしている鷹矢には悪かったが、つい笑ってしまった。


『プッ! あははははは!』


 ちっぽけな問題に、ウジウジと悩んでいた自分がアホらしくなって、つい笑ってしまったのだ。だって、その問題はとくに解決していたのだから。


『なーに、冗談を本気にしてるのよ。それと、私のことは遥香って呼びなさい。特別に許可してあげるわ』


 本当は冗談じゃなかったんだけど、こんなマヌケなことで悩んでいる自分のことを知られたくなかったからだ。


 ありがとう、鷹矢。こんな面倒くさい私を友達と言ってくれて。


            ※


『キーッ! 悔しィいいいいいい!』

『フフンッ! まぁ、鷹矢も頑張ったんじゃない? ……私の次に』


 歯ぎしりが聞こえてきそうなほどに、悔しそうな顔をした鷹矢を見てると、物凄く気分が良かった。


『ウゴゴゴゴゴ……!』


 悔しさが度を越えたのか、獣のようなうめき声をあげる鷹矢に、私の笑みはますます深くなってしまうのだ。


『そうじゃないでしょ、私になんて言うのかしら?』

『べ、勉強を教えてください……』

『はい、よろしい……フフッ』


 今回の実力テストの順位は、当然のごとく私が一番で、鷹矢が二番だった。


 二番っていう物凄く悔しくなるような順位でも、まっすぐに嫉妬してくれる鷹矢に安心感さえあった。難しいんだけど、嫌な嫉妬のされ方じゃない。 


 努力するのを諦めて、私に対して恨み、妬みを言うんじゃなくて、まっすぐに言ってくれるから安心できた。

 ああ、鷹矢なら私の傍から離れないって。

 ただ、この調子でいくと次の学年末テストでは、本当に危ない。勿論、手を抜くつもりは一切ないのけど、順位を抜かれてもいいのかなって思えるのだ。


『クソッ……次は絶対に負けないからな』


 例え周囲のみんなが中世古遥香という人を見てても、私は私だ。それを友達の鷹矢が知ってくれているのなら、十分だった。寂しい気持ちがないわけじゃないけど、それは欲張りだろう。


 別に私は、みんなの期待に応える必要なんてなかった。


 そして、この頃からだった。

 鷹矢を見て、胸のドキドキが激しくなるのは。

 そして、このドキドキの正体を、私は何となく知っている。


            ※

 

『うそっ……本当に……?』 


 私は先生から返却された学年順位表を見て、思わず目を丸くしてしまった。


 二位 中世古遥香 487点


 一番は当然と言うか、教室の真ん中でガッツポーズをしている鷹矢だった。


 おめでとうっていう祝福の気持ちと、ちょっとの悔しさがあった。今まで私が一位をキープし続けていただけにクラスメイト達はどよめていてた。 


 めんどくさいことになるかも……きっと、周囲のみんなは『どうして、負けちゃったの?』とか色々、言ってくると思ったから。


 そんな風に思っていたのに、


『今回はたまたまだって! 次は打倒水瀬君だよね!』

『私、数学なら超得意だから、いつでも頼ってね』


 私が思っていたのと全然、違う反応だったのだ。

 『あの』中世古遥香が学年一位から陥落したって言うのに……。


『そっか。そうなんだ……』


 『あの』中世古遥香に一番、とらわれていたのは私だったんだ……。一番、固執してたのも私だ。私が顔を上げるだけで、こんなにみんな寄り添ってくれるんだ……。


 なんて私は視野が狭くなっていたんだろう。

 あーもう、本当に鷹矢ったら……。

 大好きで仕方ないわ……早く、この気持ちをあなたに伝えたいわ。

 その笑顔を早く、独占させなさいよ。そしたら、私のことも独占させてあげるわ。



 それから私は、春休みの期間を使って必死に恋愛の勉強をした。

 少女漫画を読んでみたり、どうしたら喜んでくれるんだろうって。


 それでも多分、一番は鷹矢と鷹矢の妹さんの仲を取り持ってあげるのが一番だって思った。一度、鷹矢に聞いてみたのだ。そしたら、仲良くない妹さんと仲良くなるためだと言っていた。


 そう言えば、成績を上げることが、どうして妹さんと仲良くなることに繋がるのかしら? 髪型をいじることと繋がっていたり? まぁその辺も今度、聞いてみようかしら。


 だからこそ、私が二人の仲を取り持ってあげたら、鷹矢だって私の見る目が変わるだろう。


『ふふん、何て完璧な作戦なのかしら』


 妹さんを紹介してくれと言った、あの時の私グッジョブ!


 そうして、始業式の日を迎えたって言うのに……


 明らかに、雫ちゃんは鷹矢を嫌っていなかったのだ。

 あまつさえ、キスをしていたのだ。

 事故だって雫ちゃんは言ってるけど、私にはとても……。


 それに、鷹矢だって満更じゃない表情に見えた……私にはそんな顔、見せてくれたことないって言うのに。


 ねぇ、神様。

 やっぱり、私の好きな人と好きな人の妹がキスをしてのって地獄だと思うんですよ……。


 予想もしてなかったダークホースの登場に、私は頭を抱えるしかなかった。


──────────────────────────────────────


 最後まで読んでいただきありがとうございました!


 次話は、Side~水瀬雫(みなせしずく)の本音~になります。

 チョロチョロぼかしていた妹ちゃんの本当の気持ちが見える回になってます~



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