第11話 秘密


「馬鹿女が……っ」


 忌々しそうに舌打ちしたシオンは自分に襲い掛かってくる巨大ライオンも消していくが、いっぺんに色々出来ないのか黒い刃の対処には遅れが出るようだ。目立った怪我にはなってないものの、赤いダッフルコートが少しずつ切り裂かれていく。

 対するシルフェはいっぺんにキリエが少し使えるらしい。次々と中庭に巨大ライオンが出現しては黒い刃と共にシオンに襲い掛かり、それを霧散されていく――暫くその流れが続いていた。


 おかしい。

 ようやく体を起こせた僕は、2人の攻防を見ながら違和感を覚えていた。

 キリエでの戦い方なんて分からないが、それにしてもシオンが防戦一方に思えたのだ。こんなにもあれだけ自信満々だったシオンと差が出る物なのだろうか。

 あいつは何かを守っている。

 そう思ったのは、自分が切り刻まれる事より何匹をも巨大ライオンや黒い刃を消す事に力を入れてたから。

 己の髪や服の乱れすら直す余裕のあるシルフェをいっそ殺そうとしないのも、きっとあいつが皇子で、シルフェが自国民だから。


 ――位置が悪い。


 先程のシオンの言葉を思い出す。その真意に気付いてハッとした。

 正面玄関は公道から見える。

 中庭や建物内ならまだしも、公道から見える正面玄関先に巨大ライオンや黒い刃を出すのはルシフモートに都合が悪い。だからシオンは攻めに回れないんだ。

 助かる為、ではある。

 でもそれ以上に、今は脂汗を浮かべるシオンを生かしたかった。あいつは僕の宝物を届けてくれた。


 シオンが死ぬのはルシフモートにとって大きな痛手。あいつの妹だって悲しむ。

 今僕が出来る事は何か。失敗したら幾ら僕でも不味いんじゃって思ったけど、気付けば立ち上がっていた。

 僕を監視するようにこちらを睨んでいた1匹の巨大ライオンが、グルル! と威嚇してくる。

 口腔内で糸を引く唾液が牙の隙間から見え足が震えだす。あの口に頭が飲み込まれた時の想像をどうしてもしてしまう。

 でも、そんな事で足を止めてはいけない。


「シオン! こいつを消せっ!」


 走りながら精いっぱい叫んだ。

 僕の声にシオンが驚いたように目を見張るのが見えた。シルフェの注意も一瞬こちらに向けられたものの、すぐに意識をシオンに戻す。


「ばっ――」


 僕を罵倒しようとしたシオンが途中で言葉を飲み込み、何かに思い至ったように唇の端を上げた。


「俺に命令するな!」


 次の瞬間、僕とシルフェの間を塞いでいたスフィンクスが風船のように弾けて消える。


「なにっ!?」


 僕にシオンが応えた事に動揺したシルフェが、一歩後退した。


「シルフェ!!」


 名前を叫ぶと同時、その隙を狙って長身へと飛び付く。金色のロングヘアがその勢いで風に揺れた。


「!?」


 突然の事に青い目を見張ったシルフェが反応を見せる前に、キツく目を瞑って強く強く思った。

 ――子供になれ、と。

 僕の触った物が一緒に縮むと言うのなら。

 直後、ビリリッ!! と大きな音を立てて縮んだ黒いローブが破け、下から出て来たのは、ボロリ、と胸の詰め物が落ちた男性の体だった。


「!?」


 瞬間、この場の空気が凍てついた。

 ロビーの奥切り傷だらけになっていたシオンも、驚き目を見張っている。


「や……っ!!」


 己の身を隠す物を大幅に失ったシルフェにとって、己の性別が露見した事は使用していたキリエも使えなくなる程衝撃的な物だったらしい。

 強張ったシルフェの顔には劣等感が滲んでいた。汚い物でも隠すかのように、僕を振り払ってその場にしゃがみ込もうとする。


「いたっ!」


 勢い良く地面に振り払われ呼吸がままならぬ中、陽光と共に視界に飛び込んで来たのは赤。


「みっ見る――ぐぁっ!?」


 その赤が一瞬で中庭にまで距離を詰めたシオンのダッフルコートだと気が付くと同時、黒色のスニーカーが遠慮なくシルフェの顎を蹴り飛ばした。

 ドサリ、と蹴られた勢いで地面に倒れた半裸の男性は気絶していた。すぐにシオンがシルフェに駆け寄ってなにかしていたが、この位置からは良く見えなかった。察するに、キリエを使えなくしたとかだろう。


「はー……っ」


 僕の荒い息遣いしか響かぬ中庭に、深々と息を吐くシオンの声が新しく加わった。その声は、この事態の収束を迎えた事を物語っていた。

 雑草の上にへたり込んで暫く肩で息をしているシオンが、少しして青空を見上げる。その際、長い前髪がはらりと一房流れた。


「……知ってたのか? 実はこいつが男だって」


 振り向くシオンに何時もの険は無い。ダッフルコートはボロボロで、こめかみや頬から血が流れているし、髪も何房か切られている。


「まさか。もしかしたら、って思っただけだ……」


 地面に横になりながら、疲れきった声で返す。

 シルフェが男だと言う確証は無かった。

 ただ、長身、低い声、胸が大きい割に抱えられた時固かった事、女性を全面に出していた事――それら全てが、やってみる価値はあるんじゃないかと訴えて来たのだ。


「ふんっ、度胸だけはあるよなお前」

「それより!」


 脱いだダッフルコートをシルフェにかけている馬鹿皇子に言いたい事があり、痛む体を我慢して勢い良く起き上がる。


「お前、あんまり無茶な事はするなよ。舐めプだけじゃなくて縛りプレイも好きなのか?」


 シオンは思ったより近くにいて、気絶しているシルフェの前で胡座を組んで宙を見ていた。


「国の存在も守りたい、密航者の命も守りたい、自分1人で頑張る、って抱え込みすぎだろ。それでお前が死んだらどうする気だよ! 妹さん泣くだろ!」

「黙れ、お前に何が分かる」


 返ってきたのは何時もと変わらないツンとした言葉。目を合わせようとしないその態度に――ブツ、と何かが大きな音を立てて切れた。

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