第2話 異変
まず思ったのは、この人の顔がすぐ近くにあった事。
こんなの、イケメンが巨人でも無ければ有り得ない位置関係だ。だって僕は確かに立ち上がったのだから。
次に気になったのは、地面に落ちたアソートケーキの数々。ガトーショコラ、チーズケーキ、ショートケーキが近くに見える。
極めつけは地面に映る己の影。やけに小さくて、声も幼稚園児のよう。
え? えええっと?
夜風がカサカサと枯れ葉を揺らす乾いた音が、何時もよりずっと胸をゾワつかせる。
「うーん、本当に良かったのかな。それで……シオン君が夏樹君を生き返らせるなんて勝手をしたのだから。まあ、私は嬉しいがね」
「うるさいんだよお前」
横からキノコがむくれた声を上げる。シオンってのはこのキノコの事か。
と言うか……さっきから生き返らせるとか何だよ。確かに死ぬ、寧ろ死んだ、って思ったけど。
「ところで、手を貸してくれないかい? 起き上がりたいんだ」
「っえ」
一瞬、微笑むこの人に手を貸すか悩んでしまった。
この人に手を貸したら最後、戻ってこれなさそうな、そんな変な気がして。
が、今何が起きているかを――この違和感の正体を知りたい、その一心で手を差し出していた。
「有り難う、失礼するよ」
一拍後、スーツの人は僕の手を力強く握って、軽々と立ち上がった。
……本当に軽々と。これ、手を貸した意味あった?
「ふんっ」
その様子を見てシオンが鼻を鳴らす横。スラックスの汚れを払っているイケメンを見て、とんでもない事に気が付く。
「でかっ!?」
イケメンの背が凄く高かったのだ。僕の1.5倍はある。って事は2メートル60程。
……。いやいやいやっ、有り得ないだろ! 日本は何時から巨人の国になった!?
驚いていると、こちらを向いたイケメンがにこりと笑みを深める。
「さて、私は車を取りに行って来るかな。外は目立つから移動しようか。その間何か聞きたい事があったらシオン君に聞いてくれたまえ。シオン君、目撃者だからって夏樹君を殺したら陛下に報告するし、もう君は単独行動出来ないからな」
殺す。
人当たりの良さそうなイケメンの口から飛び出した物騒な言葉。気温だけの問題ではなく、背筋が一気に寒くなった。
目撃者とか陛下とか単独行動とか、なんだそれ。
殺すって……本当に比喩なのかな。比喩じゃなかったら彼らは何だ。
動揺していると、イケメンは颯爽と公園の外に出て行ってしまった。大人が1人居なくなるだけで、広い公園が一段と広く感じる。心なしか吹く風も一層冷たくなった。
「太一の奴め、生意気になりやがって……誰が他の奴らと一緒に動くか……っ」
チッと盛大に舌打ち、ぶつぶつ言いながらどかりとベンチに腰を下ろしたシオンは、不服そうに夜空を見上げだす。
こいつはスーツの人――太一さんと言うらしい――とは全く違う。余裕綽々なのは、僕が逃げてもすぐに対処……殺せる自信があるからなのか。
一度もこちらを見ない事が逆に怖い。お前なんて何時でも殺せる、そう言われているみたいで。
「っ」
その時理解した。――いや、認めた。
キノコが同年代とか関係ない。
何かとても不味い事に巻き込まれてしまったのだと。不味い事の目撃者である僕は成り行き次第で殺されるかもしれないんだ。
事実を認めたら急に息がしづらくなった。
死にたくない。
まだまだ家族と過ごしたいし、高級フレンチとか一度は食べたいし、半月後に飲めるようになるお酒だって飲んでみたい。妹達の結婚式で泣き崩れる夢だって叶えていない。
死にたくない――心臓の音がさっきからうるさい。
2人に主導権を握られすぎるのは不味いと思った。今は少し猶予があるようだけど、いつ向こうの都合で掌を返されるか分からないから。
僕も、少し有利にならないと。
「っ……」
生きる為に相手の弱みを突くとしたらこれしかない。パーカーのカンガルーポケットに手を突っ込んだ。
やっぱり違和感を覚えながらも、音を立てないよう気をつけながら緑色のスマートフォンを取り出した。大学の講義で使うと便利な録音アプリを起動させ、ポケットに戻す。
夜空を見ていたシオンは僕の動きに気付かない。
「な、なあ。生き返らせたって何だよ。さっきからどうも変なんだけど、何か関係あるのか?」
おずおずと話し掛けると、赤いダッフルコートの青年が嫌そうにこちらを睨みつけてくる。
「黙れ。質問に答えるなどあれが勝手に言っただけで、俺はお前と話す気はない」
最初に思った通り、人を突き放した印象のあるこいつとは仲良くなれそうにない。単独行動が取りたいらしいのも頷ける態度だ。
一度唇を噛んでから、シオンに視線を向ける。
「いや、でもさ。良く分からないけど今の状況ってお前が原因らしいじゃん? だったら説明責任があるんじゃないか?」
「…………どいつもこいつも面倒臭いな」
チッと大きな舌打ちが公園に響いた、次の瞬間――僕とシオンの間に突然、シンプルな姿見が出現した。
「っ!?」
現実とは思えない。何かが突然出て来るなんて。
でも、それ以上に驚いた事がある。
「な、な……っ!?」
限界まで目を見開き、夜を映している鏡に駆け寄って掌を付ける。
そこに映っていたのは、5歳くらいの子供だったのだ。
見知らぬ子では無い。
黒いジャケットも厚手のグレイのパーカーも、ちょっとボサッとした髪も全てが……僕だった。
「なんだこれ!?」
この子供は間違いなく僕、水島夏樹だ。
こんなだったから太一さんがやたら大きく見えて、目線の高さも違って見えたのか? 妙に冷静な自分と、慌てふためいてオロオロしている自分がいた。
なんで、なんで、なんで。
鏡から目を離せない自分を見てか、ベンチから盛大な溜息をつく音が聞こえてくる。
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