第26話

スーツを適当にハンガーにかけ、リビングに入る

のとほぼ同時に風呂が沸けた



「もう5秒早ければそのまま入ったんだが…」


「少し時間置く?」


「そーだな。先に飯にするか」


「うん。待ってて」



足早にリビングから出ていく弥生

家事において、夜斗が手を出すと機嫌が悪くなるため手出しをする気はない


夜斗は弥生以上にテレビを見ない

それどころかスマホを弄ることすら稀だ

ただずっと弥生を眺めている



(元を正せば利害関係。だが、その利を何かと問うたことはない。俺は生活費の節約と家事手間の削減だが、弥生は少なくとも家事手間は増えてたはずだ。ならは何故…?)



ゆっくり思考しながら目線は弥生を向いている

同棲開始時点ではバタバタしていた弥生も、今では手際よく調理を進めることができていた

洗濯についても同様で、今となってはかつて洗剤を入れ間違えていたのが嘘のようだ



(…まぁ、雪菜よりは元々料理できてたか)



雪菜は元々料理が全くできなかった

今ではできるようにはなったがそれでも夜斗に劣る

ちなみに霊斗は夜斗より上手い



雪菜あいつ慣れてもないのに目分量でやって味濃いとかよくあったしな。それに比べたら弥生はレシピ見て計るくらいしてたし)



ちなみに夜斗は慣れてるメニューであれば目分量、初めて作る場合は化学計量器(ビーカーやスポイト)を使う

とはいえ最近は弥生のほうがそれらをよく使うようになっていた



(…雪菜の料理の実験台にされたのももう5年前か。時の流れは早いものだ)



雪菜は「霊斗に不味いものを食べさせるわけにいかない」と、夜斗を犠牲に料理スキルを上げてきた

おかげで夜斗はよく腹を壊したり健康診断の数値が悪くなったりしたものだ



(…あれ、実は4人の中で俺1番料理下手なのでは?)



夜斗の料理スキルは主に化学実験の延長線でしかない

そもそもが食事用のスキルではないため、レシピを真似させれば右に出る者はいないがオリジナリティはゼロだ

目分量と言いつつも、感覚でレシピに近い数値を計ってるに過ぎない



(まぁ、霊斗と雪菜の料理スキルは菓子作りの延長線だしな。俺よりはまともな起源だ)



霊斗は料理…というより菓子作りが好きでよくやっていた

その実験にも付き合わされたくらいだ

雪菜も霊斗と付き合い始めた当初、そのスキルを真似るために努力した結果、菓子作りにおいて夜斗は足元にも及ばない



(そう考えたらみんな成長してんだな。俺だけは腕の維持に精一杯だ)



月に2日ほどしかしない料理でもスキルを伸ばそうとはしない

それよりは維持するのがギリギリで、ほとんど余裕がないのだ

そして導き出した結論が…



(得意なやつに任せればいい)



ただしそれはリスキーでもある

特に利害関係で同棲を始めた夜斗にとっては、もし弥生に捨てられれば落ちた腕を戻すだけで時間が掛かる

だからこそ腕が落ちないように月に何度かやっていたのだ

当然、弥生への気遣いもないわけではない



「夜斗、できたよ」


「ああ、サンクス」



夜斗はやってもらって当たり前…などと甘えたことは思っていない

弥生はやって当たり前だと思っているが、それでも夜斗は礼を言う

当たり前に見えて、人が忘れた家事への感謝を忘れたことはない



「今日は何故か安売りしてた煮込みラーメン」


「珍しいな。今からが1番売れるだろうに」


「よくわかんないけど、一箱250円のはずが125円だった。半額」


「すげぇな、在庫処分セールかよ」


「理由はわからない。けど、安いからヨシ」



開始される食事

日曜日はなんだかんだで夕飯を抜いていたため、自宅で食事をするのは2日ぶりだ



「久々な気がするけど2日しかあいてないのな」


「うん。土曜日はレストラン、昨日は緋月のせいで食べれずに今日だから」


「色々食ったしほぼ毎日昼は外食だけど、それでもやはり弥生の作ったもんが一番旨いな」


「…いきなり褒めるのはダメ。照れる」


「照れる分にはヨシだな。特権だ」


「夜斗だけの特権」


「ちなみに俺のスマホのホーム画面は4年前から弥生のままだ」


「!?」



夜斗はスマホの画面を見せながら言った

写真フォルダの中には弥生専用のフォルダがあり、自室のサーバーでバックアップも完璧

さらに「他の男がスマホを拾っても見れないように」と、腰につけたとあるデバイスから100mほど離れて15分経過すると写真データが完全消去され、1日するとスマホが初期化され、1週間経つとOSすら消えるようになっている



「徹底してる…」


「これくらいしないと弥生の可愛さが外部に漏れるからな。まぁ弥生の元同級生とか元カレとかは知ってるだろうけど、今頃後悔してるはずだ。してなきゃ仕留める」


「な、なな…なんでいきなり褒め殺し…?」


「え?いや抑える必要なくなったじゃん。4年前に覚えて今まで溜め込んだ愛を伝えるとこうなる」


「溜め込み過ぎじゃ無い…?」


「ああ、その分これから吐き出すから安心してくれ」


「安心できるようなできないような…。あと、元カレはいない」


「やったぜ」



不安げかつ嬉しそうに表情が目まぐるしく変わっていく弥生

夜斗にとってはそれを見れただけでも十二分に幸せだった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る