第13話

帰宅すると時刻は16時を過ぎていた

レストランの予約は19時。余裕で間に合う



「夜斗、正座」


「はい」



夜斗は素直に従った



「あの、何を怒っていらっしゃるんでしょうか弥生サン」


「怒ってない。怒ってる」


「どっちだ…」


「夜斗はもう少し自分を大切にして。という話もすでに5回はしてる」


「ソウデスネ」


「泳げないのに子ども助けるために川へ飛び込んだり落ちた人を助けるために崖からロープ使って降りたり…生きてるからいいだけで、人生が綱渡りすぎ」


「深く反省しております」



正座から滑らかに土下座へと切り替える夜斗を見て珍しくため息をつく弥生

夜斗が顔をあげると、弥生は少し泣きそうな顔をしていた



「確かに緊急通報したのは私だけど、警察に連絡してくれればそれでよかった」


「警察じゃ遅すぎる。動いたほうが早い」


「あんなのできるのは夜斗とその周辺の人だけ。というか、できてもやらないでって話をしてるの」


「面目ねえ…」


「もう…。起きたことは仕方ないし、今日はもうこのまま一緒にいて」


「そのことなんだが…実は、とあるレストランを予約していてだな…一緒に行こう」


「…え?」


「予約時間まではまだ余裕あるからまぁ、ええやろ。さすがにバイクで行くわけにはいかないから弥生の車で」


「待って理解が追いつかない」


「とりあえず行くぞー!」



夜斗は強引に弥生を連れ出すことにした








2時間後



「ドレスコードがあるお店とか初めてなんだけど…」


「奇遇だな。俺もだ!」


「しかも普通お店にあるものなの?ドレスコードに適した服。しかも、XSサイズから6Lまで…」


「普通がわからん!」


「しかもなんか…すごいコース料理だし」


「ほんとにな…なんだこれ、こんなの予約したのか1ヶ月前の俺よ」


「そんな前から予約してたの?」


「それはもちろん。一応結婚記念日だからな、0回目の」


「まぁ、確かに」



そう話す弥生の服装は、一流デザイナーによって可憐な美少女に変えられていた。否、それは元々だが

ほとんど見ることはない深海のように深い青のドレスと、それに合うように結われた髪

そして夜斗は、ただのタキシードだ。どうやら弥生の服を選んだデザイナーは疲れたのか、これでいいっしょみたいな感じで夜斗に投げつけただけだった



(白いタキシードとかあのお笑い芸人くらいしか使わんと思ってた。けどよく考えたら親父が結婚式のときに着てたっていう記録あった)



もうすでに20年は前のことだ

当時使われていたのはカセットテープのような記録端末を使うビデオカメラで、夜斗が成人し、実家を片付けていたときにあるカセットテープを見つけた

それが両親の結婚式の様子だったのだ



「やはり、弥生は何を着ても似合うな」


「…ありがと。レンタルなのがもったいないくらいキレイ」


「買えるらしいけど、どうせ買うならフルオーダーだな。完璧に弥生に合わせないと俺の気が済まん。けど体のラインが出過ぎてると俺の理性と周りの視線がオーバーフローする可能性はある」


「理性の方は抑えて」

 


周りにいるのも大抵カップルか夫婦のようだ

一部不倫のような雰囲気を出しているテーブルもあったがそれはあえてスルーした



「夜景きれい。最後に見たのは多分、高校生の頃の修学旅行」


「まずまず最近だな。と思ったが既に6年前か」


「私は4年前。夜斗より若いから」


「そこでマウントを取るんじゃねぇ」



笑う弥生に目を取られる夜斗

弥生が笑顔を見せるのは夜斗の前だけだ、と本人も天音も言っており事実そうなのだが実際に見ることは少ない



「見惚れた?」


「…バカいえ。今更そんなことはねぇさ」



出されたワインを飲みながら目を閉じる夜斗



「見惚れたのは5年前で、目が離せないのもそんときからだ」


「そういう意味…。魅力ないのかなと」


「魅力ねぇなら5年のうちに別れてる。契約結婚は結婚前なら不利益はないしな」


「そうだけど、夜斗はあまり私を可愛いとか好きとか言わない。本当の気持ちがわからない。表面上は理解してるつもりだけど」


「そら隠してたからな。利害の一致だと言って同棲始めた手前、今更好きだからとは言えん。無駄なプライドだがな」


「…なるほど。言われてみれば、確かに夜斗はそういう人」



口元に手を当てて笑う

今度は目を取られない。ただ、しっかりと目に焼き付ける



「お前はお前でそういうことを言ったことがねぇな。俺とて、常に色を見てるわけじゃない。というよりは弥生に対して色見を使えるほど強い心はない」


「…本当の気持ちが、自分の理想と違ったときに悲しいから?」


「それもある。が、疑っているようで申し訳ないだろ」


「…そう考えた時点で、ある意味疑ってるようなもの。疑うこと自体が悪いわけじゃない、私だって夜斗を疑うことはある。私は、その疑いが晴れるときに幸せを感じる…と思うよ」


「ふむ、中々強いな」


「…強くはない。浮気…と言うのかわからないけど、夜斗の心が離れるのが怖かった。可能なら、部屋に閉じ込めてずっと私と…とも思ってた」


「いつからだ、それ」


「4年前くらい。同棲から1年…?けど、夜斗はそういうことができない。それに私だって、好きな人にそんなことできない。……今日の私はよく喋る」


「いいことだ。普段家では日当たり3往復くらいしかしないからな」


「否定できない」



挨拶を含めればもう少し話しているが、惚れた相手にする会話頻度ではないのは確かだ

そこには確固たる信頼がある、と雪菜は言っていたが…



「実際のところ、互いに怖かっただけだろう。下手に干渉して嫌われたくない、離れられたくないと。結果から言えばそんなのは杞憂だったわけだが」


「それはそう。だから、私は改めて夜斗に問う」



立ち上がり、テーブルの横に移動する弥生に目を向ける

手にしていたワイングラスを置き、夜斗もまた立ち上がった



「私と生きる覚悟が、貴方にある?」



5年前、弥生が夜斗に放った最初の言葉

学校が引き合わせた初対面の、本当に一言目

宜しくでも、こんにちはでもない。夜斗を試した言葉



「無論だ。俺の隣にお前がいないことなど、俺の想定には存在しない」



あの時とは違う言葉を返す夜斗

最初に問われたときは「さぁな」と冷たく返しただけだった

5年の月日が変えたのは夜斗の生き方そのもの



「よかった。ここで断られてたら、このまま飛び降りてたかも」


「あり得ないことを憶測する程度には余裕だったようだな。さて、では俺の番だ」



首を傾げる弥生の前で片膝をつく

ポケットから出したのは、無駄に高い結婚指輪の箱だ

それを開き、弥生に向ける



「結婚してくれ」


「……うんっ!」



レストランの客やスタッフを含む全ての人々から、拍手が浴びせられた

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