・11―4 第216話:「王宮」

 トパスが用意してくれた屋敷に宿泊して、身なりを整え、いざ、王宮へ。


「ほ~。遠くから見た時もでっけェな~っ! って思ったけどよ、近くで見るとまた、凄いじゃないの! 」


 王家からの出迎えの馬車に乗りこみ、しばしの旅情を楽しんだ後、正門の前で犬人ワウ族の執事が開いてくれた扉から降り立つと、源九郎はすっかり感心した声をあげていた。

 メイファ王国のみやこ、パテラスノープル。

 海上と陸上の交易路が結節する要衝に発展した都市の中心にあるのが、この王宮。

 こういった壮麗な建築物は、しばしば他よりも一段高い地形を選んで築かれる。というのは、単純に見晴らしがよく防御にも有利であるから、という実用的な理由もあったが、なにより、人々に対して権威を、力の大きさを示すという目的があるからだ。

 日本のお城の天守閣にしても、そうだ。どの方向からも目にできる明確な象徴となる建造物があるおかげで、人々はそこに国家という存在の実在を信じることができ、守られていると理解して安心し、税を取られたり法律を課されたりすることに納得できるのだ。

 要するに、人々をうまく統治するための必要があって、意図的に目立つように作られている。

 この国の王宮は、半分は城塞だった。パテラスノープルでもっとも標高の高い場所に石を積み上げて作った堅牢な城壁と防御塔を持つ堅固な城があり、その隣に、王族が居住し国家の政治の舞台ともなっている王宮が付随ふずいする。といっても、面積自体は城塞の部分よりも王宮の方がずっと広い。

 明るいクリーム色の漆喰しっくいで表面を覆われた建物が、いくつも建ち並んでいる。都市部で土地が限られているはずなのに敷地の中には庭園もあり、泥レンガを敷き詰めて作られた遊歩道が様々な植物の合間をぬって、楽し気な散歩道を作っている。中には、クジャクとそっくりな、美しい尾羽を持った鳥類が解き放たれ、誇らしげに美しい紋様を見せびらかしていた。


「大丈夫でございますか? お嬢様」

「う、うん……。お、おらは、へーきだっぺ」


 王宮の敷地と市街地を隔てる巨大な門の向こうに見える壮麗な建築物を興味深そうに観察していた源九郎の背後で、優しい声の執事に心配されながらフィーナが馬車から降りて来る。

 全身が小刻みに震えている。

 その動き方も、ガチガチに固い。これ以上なく緊張しているらしく、右手と右足、左手と左足が前に出るといった有様だった。

 ちなみに、マオの姿はない。彼も誘われはしていた様子だったが、「ミーは、なにもしていませんから……」と言って、遠慮してついて来なかったのだ。


「おいおい、そう心配するなって! ほら、王宮って言ったって、あのお嬢ちゃんのうちだろう? 友達のところに遊びに来たみたいなもんなんだからさ! 」

「そ、そう言われたって……」


 振り返ったサムライが敢えて無邪気に言ってみせても、元村娘は唇を左右に引き結んだまま、険しい表情。


「お、おらみてーな田舎の娘っ子が、こんな、王宮に来て……、しかも、王様に会うんだっペ? やっぱ、場違いなんじゃねーかなって」


 そう言う彼女の服装は、いつものチュニック姿。ケストバレーから王都に戻った後でトパスからもらった報酬で買った新品だったが、王宮に出入りする人々、たとえばナビール族の貴族たちと比べると明らかに見劣りがするし、なんなら、ここまで二人を案内してくれている執事が身に着けている衣装よりもみすぼらしい。


「いいじゃねぇか。俺たちは別に、綺麗な服を持ってるからお嬢ちゃんに呼ばれたってわけじゃねぇ。この服着て、世の中のためになることをしたから、だろう? 堂々としてりゃいいさ」


 そう言ってわっはっは、と笑い飛ばす源九郎は、相変わらずの綿の羽織に袴姿。腰には脇差だけを差した、いつもと何も変わらない衣装だ。

 よくよく見るとずいぶんと修復の手が入っている。というのは、シュリュード男爵から受けた拷問の際に、服もかなり傷んでしまったのだが、珠穂が「助けてもらった礼じゃ」と言って手ずからつくろってくれたからだ。

 巫女は自身の衣服の修繕で裁縫に慣れているらしく、おかげですっかり、ぱっと見では分からないほどになっている。


「変に飾る必要なんかないのさ。……ま、でも、セシリアのお嬢ちゃんがなにか考えているだろうさ。王様の前に出るのにそれなりの恰好をした方がいいってのは、あのコが一番よく分かってるだろうからな」

「そ、そうだべか? 」


 その言葉で、なおも不安そうだったフィーナは少し笑顔になる。

 自分も、美しいドレスというものを着せてもらえたりするのだろうか、と、ちょっと期待している様子だ。


「源九郎! フィーナ! ようこそ、いらっしゃいましたわね! 」

「あっ、お嬢! そんな、走ったらいけませんっって! 」


 その時、正門の方から聞き知った声がする。

 振り返るとそこには、嬉しそうにこちらに駆けよって来るセシリアと、慌ててその後を追いかけて来るラウルの姿があった。

 二人とも旅の間に見慣れた衣装ではなく、正装。お姫様は薄緑色のドレス、犬頭の方は貴族と同じようなコートとズボンを身にまとっている。

 セシリアは、さすがだった。元々美しい少女だったが、そのスタイルの良さが自然に出る仕立ての良いドレスを完璧に着こなし、より華やかに、爽やかに見栄えがする。

 その一方で、ラウルはあまり似合っていなかった。着慣れてない様子でたどたどしい足取りで向かって来ているというのもあったが、どうやら借りものらしく、ぶかぶかで着ぶくれしていて、滑稽こっけいに見えてしまう。


「……ぶっ! わはははは!おいおいラウル、なんだよ、その格好! 」

「う、うるさい! 仕方ないだろう!? これが正装なんだから……っ! 」


 思わず源九郎が吹き出してしまうと、自覚があるのか、犬頭は恥ずかしそうに頬を赤らめる。その反応に、サムライはたまらずに腹を抱えて笑い出していた。


「わ~! おねーさん、すっごい、きれいだっペ! 」

「うふふっ! 当然ですわ! だって、わたくしは王女なのですから! それより、フィーナ! あなたにもちゃぁんと、お洋服を用意しているんですのよ! 」

「ほ、本当だっペか!? ふ、ふわぁぁぁぁっ、嬉しいっペ! 」


 横では、少女たちが手を取り合ってきゃっきゃとはしゃいでいる。

 最初はいろいろと不安しかないパーティだったが、今ではすっかり、仲間と呼べる関係にまでなっていた。


「さ、ご案内いたしますわ。立花 源九郎殿。それに、フィーナさん。メイファ王国の王女、セシリアが、誠心誠意、おもてなしをさせていただきますわ」


 ひとしきり会話を楽しんだ後、居住まいを正したセシリアが優雅な仕草で一礼をして見せる。

 思わず、源九郎もフィーナも身が引き締まる思いがした。

 お転婆な娘だと思っていたが、今見せた所作はずいぶんと洗練されており、彼女が王族であるということをあらためて実感したからだ。

 なんだか、別人のように思えてしまう……。


「セシリア姫。お招き、感謝するぜ」

「お、おらも、その……、こ、光栄だっぺ! 」


 真面目な調子で一礼するサムライと、たどたどしくもお姫様のマネをして一礼して見せる元村娘。


「ふふっ! なんだか、らしくありませんわね、こういうのは! 」


 すると、すぐにセシリアはいつもの調子に戻っていた。

 その様子にほっとして互いに視線をかわし合うと、源九郎とフィーナは「さ、こちらへおいで下さいませ! 」と楽しそうに先導してくれる金髪の少女と、衣装を着心地が悪そうにしながらそれでも忠実に任務を果たそうとしているラウルに従って、王宮の内部へと向かって行った。

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