・11-3 第215話:「猫人族の決意:2」

 マオは、物陰に隠れていた。

 トイレの周辺は夜でも利用者が困らないように、特性の、魔法の力で明かりを絶やさないランプが灯っている。

 その光が及ぶか及ばないかという微妙なところ。

 神妙な表情の猫人ナオナーは、伏目がちにこちらの様子をうかがっている。


「どうしたんだよ、マオさん。宴会の時にもいなかったしよ、心配してたんだぜ? 」

「すみませんですにゃ……」


 話し辛いので数歩近寄ってたずねると、マオはペコリ、と頭を下げて来る。


「やっぱり、気にしてるのかい? 」

「……はい。ミーのしたことは、良くないことですから。申し訳なくって……」

「まぁ、そうだよなぁ……。けど、フィーナとちゃんと話さないと、ダメだぜ? 」

「わかっては、いるんですが……。ど、どう説明すればいいのか、わからないんです。源九郎さん、なにか、いい考えはありませんか? 」


 どうやらマオがこんな時間にこんな場所にいるのは、源九郎にフィーナとの仲直りの方法を相談したかったらしい。


「そう言われてもなぁ……。やっぱ、正直に言うしかねぇと思うよ? 素直に話して、ちゃんと謝れば、フィーナは許してくれるんじゃねぇかな? 」

「そ、そうでしょうか……? だ、だって、ミーは、フィーナさんが人質に取られているって分かっていたのに、逃げようとしてしまったんですにゃ! 」


 周囲の迷惑にならないように声を抑えていたのだが、猫人ナオナーの言葉には悲痛さが滲み出て、ボリュームがあがりかける。


「そんなの……、どうやって説明すれば……」


 そのことに気づいたのか、再び声を小さくしたマオは、がっくりとうなだれながら言葉をしぼませる。

 サムライは難しい顔で腕組みをして、なんとかしてやりたいと考え込んでいた。

 マオとは知らない間柄でもないし、嫌いでもなく、友人だと思っている。だから、力になりたいと思うのだ。


「マオさんだって、フィーナを危ない目に遭わせるつもりじゃなかったんだろう? ただ、怖くって、そのことに気づかなかった。悪気がなかったんなら、フィーナも分かってくれるさ」

「で、でも、やっぱり……、自信がないんですにゃ」

「そんなの、実際に言ってみねーと、わかんねぇべ! 」


 唐突に聞こえてきた、少女の声。

 源九郎は思わず「ぅおっ!? 」と声を漏らし、マオはまるで断末魔のような「ニ゛ャーッ!!! 」をあげ、いつもは細目になっている双眸そうぼうを見開き、心臓が飛び出しそうなほど口をあんぐりと開いていた。


「なんか隠してんな~と思ってたけんど、やっぱり、だっぺ! 」


 二人が顔を向けた先には、怒りと呆れが入り混じった顔で両手を腰に当て、仁王立ちしているフィーナの姿がある。


「ふぃ、フィーナ? な、なんでここに? 」

「おさむれーさまがな~んかおらに隠しごとしてるみてーだったから、試しに後をつけさせてもらっただ。なんか、おらのいねーところなら、ぽろっと本当のことを言ったりしねぇかなって。マオさんから話しかけて来るとは思ってなかったけんど、おかげで、いいお話が聞けたっペ」


 立ったまま気絶してしまったみたいにピクリともしないマオの代わりに源九郎がたずねると、褐色肌の少女はニヤリ、と不敵な微笑みを浮かべた。

 決定的な証拠を押さえたぞ、という顔だ。


「おさむれーさま! 」

「は、はい! 」


 それから唐突にビシッと指で指され、サムライは思わず居住まいを正してしまう。


「あんまり、おらのことを子ども扱いしねーでくんろ! おら、これでも立派に自立しているつもりだっぺ! 」

「アッ、ハイ……」


 まずは、ずっと子ども扱いしていろいろ秘密にして来た大人への抗議。

 それから、少女の指先は、この世の終わりを迎えてしまったかのような絶望と恐怖の顔をしている猫人ナオナーへと向かう。


「それから、マオさん! 」

「はっ、はひぃっ……! 」

「正直言って、おらのことを忘れて逃げ出そうとしたってのは、ちょっと、あんまりだって思うっペ。……けんど、まぁ、許してあげないでもねーだよ。別に、おらのことを本当にどうでもいーって思って、逃げたわけじゃねーんだっぺ? 」

「そ、それは……っ、もちろん、ですにゃ! 」


 マオはコクコクと何度も高速でうなずいてみせる。

 すると、フィーナはにま~っとした笑みを浮かべ、軽やかな足取りで彼に近づき、がしっ、と横から抱き着いていた。


「ん~! やっぱり、猫人ナオナーさんはふっかふかだっぺ♪ 」

「あ、あのぅ……、フィーナ、さん? な、なにを……? 」


 ほくほくした顔でにやけている元村娘に、猫人ナオナーは戸惑っている。


「実は、おら、ずっと猫人ナオナーさんを、ぎゅっ、としてみたかったんだっペ」

「ぎゅっと、する……? 」

「んだ~。昔、おらの村にも行商の猫人ナオナーさんが来たんだけどな? 毛並みがふっかふかで、身体も丸っこくて、かわいくってな~。いつか、こうやってみたいって思ってたんだっペ。けんど、なかなか機会がなくってな~。ほら、猫人ナオナーさんも、こうされちゃ迷惑だっペ? 」

「そ、それは、まぁ……」


 知的種族として存在しているのだから、猫人ナオナーにだって人権があるというか、愛玩動物ペットのように扱われたくはないのだろう。

 マオは少し迷惑そうだったが、しかし、負い目があるのでフィーナを振り払ったりもできず、なすがままにされている。

 うへへ、と口元を緩めてそんな猫人ナオナーをまるで巨大ぬいぐるみのように撫でまわしていた元村娘だったが、そっと、居心地悪そうにぴくぴくしていた三角形の耳元でささやいた。


「マオさん。許してあげてもいいっぺよ? 」

「ほ、本当、ですかにゃ!? 」

「んだ~。けんど、条件があるっペ」

「……。それは、どういう……? 」


 おそらく条件がどんなものか、マオはもう、見当がついているのだろう。

 しかし敢えてそうたずねるのはやはり、ちょっと嫌というか、困ると思っているからだろうか。

 だが、フィーナは遠慮なく、そして屈託のない笑顔で言う。


「今晩、おらと添い寝してくんろ♪ そんで、好きなだけモフモフさせてくれたら、み~んな、忘れてあげるっペ! 」


 助けを求めるようなつぶらな視線が、源九郎へと向けられる。

 しかし、自分も元村娘を今まで子供扱いして来て、事実を知りながら黙っていたという負い目がある以上、無言で合掌することしかできない。

 ———かくして、マオは一晩の間、フィーナの愛玩動物ペット、もとい、抱き枕と化すのであった。

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