・8-11 第185話:「殺陣:2」

 即興だったが、源九郎のセリフは工夫されたものだった。

 まず、この刀がドワーフによって手を加えられたものだと明かしたこと。

 この世界におけるドワーフたちは皆、名工として知られている。そんな彼らが鍛えたのなら、これほどの切れ味が発揮されてもおかしくはないと、誰もが思うことだろう。

 つまり、目の前で起こっている出来事に説得力が生まれ、呆然としていた人々はそれを現実として受け入れ始める。

 ダメ押しに、あたかも戦いを楽しんでいるかのような態度での、キメ台詞。

 圧倒的な実力差、こちらは楽しむ余裕まであるのだと思い知らせることで、相手の戦意をへし折る。

 咄嗟のことではあったが、効果はてき面だった。

 兵士たちはみなしり込みして一歩後ずさり、誰が先に行くのか、と、お互いの顔色をうかがい合っている。


(撮影してたころを思い出すぜ……)


 源九郎はかつて映画の役者として活躍していたのだが、その時のことを思い出しながらぺろりと乾いた唇をなめていた。

 初動は、うまくいった。

 三人同時の攻撃を防ぎきるだけでなく、こちらの力を示すことで相手の動きを制止し、状況をいったん、安定させることが出来たのだ。

 だがそれでも、内心ではヒヤヒヤが収まらない。

 周囲を取り囲まれ、包囲されているという事実は変わらないからだ。


「珠穂さん。なんとか隙を作るから、二人を連れて逃げてくれ。Aプラン通りに」


 フィーナとセシリアを背中にかばいながらかまえを取ると、源九郎は小声で隣に並んだ珠穂に語りかける。


「えーぷらん? なんじゃそれは……、いや、いい、なんとなく言わんとしておるところはわかる。しかし、そなたはどうするつもりじゃ? 」

「俺は[オトナ]だからな。保護者の義務って奴を果たすさ。もちろん、珠穂さんたちが逃げてくれたら、こっちも後を追わせてもらう」

「おさむれーさま……! 」


 暗に、自分が囮になって敵を食い止める間に、先に見つけて置いた城壁の抜け穴から逃げろ、という言葉に、フィーナが不安そうな声を漏らした。

 振り返って笑顔を見せ、励ましてやりたい。

 そういう衝動に駆られたがサムライはなんとかこらえ、油断なく周囲を監視しながら、できるだけ明るい声で言ってやる。


「心配すんなって。俺の強さは、良く知ってるだろ? 二、三十人くらい、なんてことねぇさ」


 実際に敵が二、三十人だけであれば、なんとかする自信はあった。

 しかし現実には、シュリュード男爵の下には数千もの兵力がある。

 それだけでなく、弓、弩、などの飛び道具も潤沢にあった。すでに城壁の上では弩に矢を装填した兵士たちが、射撃命令があればいつでも矢を放てるように戦闘態勢を敷いている。


「うん……。ぜったい、約束だかんな」


 それでもフィーナは源九郎のことを信じてうなずいてくれた。

 幼いながらもしっかりとした性格をしているから、珠穂と小夜風の足を引っ張ることもなくうまく逃げてくれるだろう。


「お嬢ちゃんも、しっかり走れよ」


 不安なのは、やはりセシリアの方だった。

 この旅路の中で彼女なりに根性を見せ、基礎体力も身に着けてきてはいるものの、まだまだ体力に懸念が残る。

 それに、自身が王女であることを明かしたのにもかかわらずシュリュード男爵が歯向かって来たことに動揺してもいる様子だった。


「そんな……。どうして……。わたくしは本物の王女ですのに……」


 半ば放心し、うわごとのような呟きを漏らす。

 おそらく彼女はこれまで、他人から強く敵意を向けられたことがないのだろう。

 ラウルとの関係性を見ればなんとなくわかることだが、普段の彼女はきっと、どんな我がままを言っても通って来たし、それが当然だと思っていた。

 この旅路の中で、それが普通ではない、ということは学んでいたし、段々と変化しているのは実感できる。

 しかし、公然と王女であることを否定され、狡猾な計算の下に攻撃される、つまりは明確な裏切り行為を行われ、矛先を向けられるという状況には対応できていない。

 セシリアは、怯えていた。


「しっかりせよ! 」


 そんなお姫様を、珠穂が叱咤する。


「そなたは、その、この国の王女であるのだろう? ならば、なんとかこの場を逃げ延びなければならぬはずじゃ。なにより、ことの次第を王都に知らせ、悪辣な裏切りを働いた者をしかるべく裁かねばなるまい。それが、王族であるそなたの責務であろう。じゃから、しっかりと走らねばならぬ」

「そ、それは……、わかっていますわ! わかっては、いますの……っ」

「ラウルの奴から、お嬢ちゃんのことを頼むって言われてるからな」


 あからさまに声を震わせているセシリアに、源九郎はできるだけ明るく、力強い言葉をかけてやる。


「一回、よろめくくらいならしても大丈夫さ。……だけど後は自分の足で、しっかりと逃げてくれよな。そのくらいの時間は稼いでやるからよ」

「源九郎……」


 ようやく、セシリアも覚悟が定まった様子だった。

 まだ震えは消えてはいないが、幾分かしっかりとした口調になっている。


「ええい、お前たち、なにをぼさっとしておる!? いくら剛の者であろうと、皆で一斉にかかれば捕らえることなど容易であろう!? 」


 その時、源九郎のことを恐れてなかなか攻めかかって行かない兵士たちの様子に業を煮やしたのか、シュリュード男爵が怒りで顔を赤くしながら叫び声をあげた。


「はっ、威勢のいいことだな」


 するとサムライは、主君の娘を害しようという裏切り行為を働こうとしている、その本性をさらけ出した奸臣を嘲笑した。


「部下にやらせる前に、アンタ自身が模範を示したらどうだい? 俺の国にはな、率先垂範そっせんすいはんって言葉があるんだ。人に動いて欲しけりゃ、まずは、自らが模範を示せってな! 」

「くっ……! 」


 シュリュード男爵は顔をひきつらせたが、しかし、自ら攻めかかってくることはなかった。

 短剣を腰に下げていたが、さほど技量に自信がないか、あるいは、自分から進んで部下たちの陣頭に立とうという気概はないのだろう。

 ———その様子を目にしたサムライは、ニヤリ、と挑発的な笑みを浮かべる。

 この状況を打開し、珠穂たちを逃がすための突破口は、男爵にあると思ったのだ。


「来ないなら……、こっちからしかけさせてもらうぜ! 」


 [最低限]の役割は、果たす。

 そう決心した源九郎は叫び、くわっ、っと両目を見開くと、その言葉通り自分からシュリュード男爵へと攻めかかって行った。

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