・8-6 第180話:「脱出:2」

 まずは敵地から脱出し、予備の合流場所として取り決めていた洞穴までたどり着く。

 そこでラウルと合流できれば、それでよし。もし合流できなくとも、彼の安否の確認と、もし捕まっているのなら救出のために動く組と、とにかく報告をあげて救援を得るために王都に向かう組とに分かれて次の行動をとる。

 そう決めると、源九郎たちは荷物を確認し、ケストバレーの外に向かって移動し始めた。


「それで、珠穂さん。抜け道ってのは、どこにあるんだ? 」

「いや、この状況では、抜け道を使うよりも堂々と城門へ向かった方がよかろう」


 打ち合わせでは、城外への脱出には珠穂が見つけてくれた城壁にある抜け道を使うことになっていた。

 そこを通るにはどちらへ向かえばいいのかをサムライがたずねたのだが、巫女はスタスタと表通りに向かって歩き出しつつ、計画を変更すると告げた。


「谷の者たちはこぞって城外に逃げ出そうとしておる。下手に抜け道を使うよりも、その人ごみに紛れて城門をくぐった方が、怪しまれずに済むはずじゃ」

「なるほど……」


 もし抜け道を通り抜けようとしているところを見つかりでもしたら、その時は確実に不審者として追いかけられることになるだろう。

 城壁の抜け道、というのはこの谷が敵の攻撃を受けた際に、城外と秘密裏に連絡を取ったり、奇襲攻撃を仕掛けたりする際に利用する目的で作られた通路のことだ。つまりは純粋に軍事的な施設であり、火事から逃げてきている最中であろうと、兵士以外の者がその付近をうろうろしていたら一発で怪しまれる。

 それよりも、城外に向かう人ごみにまぎれてしまう方がいい。集まって来た大勢の人々の中から源九郎たちを探し出すのは困難だろう。

 咄嗟の思いつきではあったが、いい作戦だと思えた。


「フィーナ。はぐれないようにつかまってな」

「う、うん。ありがと、おさむれーさま」


 城門へ向かっていく人波に加わろうとする時、ふと、しっかりと手をつないでいる親子連れの姿を見つけたサムライは、元村娘を振り返るとそう言って手を差し出していた。

 すると、フィーナは少し驚き、それから少し恥ずかしそうにうなずくと、自分よりもずっと大きな源九郎の手を取った。

 そのまま雑踏に紛れ込み、流れに従って城門の方へと向かっていく。

 しかし、すぐに立ち往生することとなってしまった。

 城門の前で人々が大渋滞を起こしていたからだ。

 原因は、門が閉じられたままになっていることだった。

 昼は城門が開かれているが、夜は閉じられることが当たり前だった。治安維持のために人の出入りを制御しているのだ。

 このために、誰も城外に出ていくことが出来ない。

 火事(とみなが信じ込んでいるもの)から逃れるために城門に殺到した人々は、閉じられたままの城門の前で段々と騒々しくなっていった。

 門番たちに向かって「早く門をあけろ! 」という合唱が始まり、どんどん、声が大きくなっていく。

 しかし、門番たちはなかなか開こうとはしなかった。

 夜間は開いてはならない、というのが規則であったし、おそらくはシュリュード男爵からもそういう命令が届いているのだろう。


「だ、大丈夫なんですの……? 」


 一向に開く気配のない門を見つめながら、セシリアが不安そうな声を漏らす。


「案ずるでない。じきに開くであろう。門番たちも、これだけ多くの民衆に迫られては無視もできぬはずじゃからの」


 それに答える珠穂の声は冷静なものだった。

 ———そして、ほどなくして本当に門が開かれることになった。

 というのは、火事から逃れるために集まって来た人々が門番たちに詰め寄り、自分たちを焼け死なせるつもりなのかと激しく迫ったからだ。

 怒りの声をあげる者。涙ながらに訴えかける者。

 少数の門番たちに対し、圧倒的多数の民衆からの圧力は強烈で、しかも、このまま門を開かなければ暴動に発展しそうな勢いがあった。

 それに、門を守っていたのはメイファ王国の正規兵たちだ。

 彼らは国王の名の下に民衆を保護する責務を背負っており、街の統治者である男爵から門を開くなという命令を受けてはいても、このまま避難を制止して民衆に大量の死傷者を出してしまうという事態を招いてはならないという意識が働いたのだ。

 門が開かれると、集まっていた人々は濁流のように進み始めた。

 兵士たちが懸命になって交通整理を行う中、民衆は続々と城門を抜けていく。


(うまく脱出できそうだな……)


 のろのろとした動きではあったものの源九郎たちの周囲の人々も前に進み始めたことで、ほっとしたサムライはもう、ラウルと合流できなかったらどうするのかを考え始めていた。


「あっ! シュリュード男爵ですわ! 」


 その時、セシリアが緊張した声で叫び、城壁の方を指さした。

 その方向に視線を向けると、古代ローマ風の大きな一枚布を身体に巻いた衣装を身に着けた太った男性が、門番たちの責任者らしい兵士に向かって顔を真っ赤にしながら怒鳴っている姿が見て取れる。

 なぜ、城門を開いたのか。

 そう叫んでいるのだろう。

 しかし、今さら門を閉じ直すことも難しかった。すでに避難しようとする民衆が途切れることなく連なっており、大勢の人々が一心に一つの方向を目指していくその強烈な圧力を押しとどめることが出来る者は誰もいないのだ。

 いくら門番を叱責してもどうしようもない。そう悟ったのか、苛立たし気にムチで責任者を叩いたのち、シュリュード男爵は城壁の上に向かって階段を駆け上り、警備についていた兵士を押しのけて高所から周囲を見渡し始めた。


「まさか、こっちを探し出そうっていうのか? 」

「ふん、この人混みの中から見つけられるはずがなかろうて」


 男爵に顔は知られていないはずだったがそれでも不安を覚える源九郎に、珠穂は自信ありげな様子で言い切って見せる。

 だが、もう少しで城門にたどり着こうかという時だった。


「アイツらだ! あの者たちを捕らえよ! 絶対に逃がすなァッ!!! 」


 城壁の上から驚くべきことに源九郎たちをまっすぐに指さしたシュリュード男爵が、必死の形相でそう叫んだのだ。

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