・7-6 第164話:「鉱山:1」

 小夜風のアドバイスのおかげで見つけることのできた、古い坑道の入り口。

 そこは、幸いなことにシュリュード男爵の私兵たちには見張られていない。

 近くに忍び寄ってみると、その理由が分かった。

 そこは古い坑道で、おそらくは数百年も昔、古王国時代に掘られたもので、半ば朽ち果てていた。岩盤の崩落を防ぐために配置されていた支柱が劣化し、折れて、天井の一部が崩れ落ちてしまっているし、表面は植物に覆われている。

 この坑道が壊れるのに連鎖して他の新しい、現役の坑道にまで被害が生じないよう、ケストバレーが再開発されてからあらためて補強はされている様子だった。しかし、この崩れかけた出入り口は再利用される予定がなかったのか整備されておらず、瓦礫がそのまま放置されてしまっている。

 この様子を見て、シュリュード男爵はここがもう使われることのない、通行のできない場所だと考えたのだろう。

 だから見張りの兵士を置かず、放置していたのだ。


「少々危険かもしれないが……、オレたちなら、通り抜けられそうだな」


 崩れかけていたのを補強してなんとか持たせている坑道を確認し、自分や小夜風ならば通り抜けることができそうな隙間があり、一応状態が安定していて急に岩盤が落ちて来て潰されるということもなさそうだと見て取ったラウルは、早速、自身の身体をわずかな空洞にねじ込んだ。

 すぐに、立って歩けるほどの空間に出る。

 どうやら劣化が進んでいて塞がっていたのは入り口に近い辺りだけのようで、内部は思ったよりは痛んではいない様子だった。

 犬頭の獣人は小夜風が追いついて来るのを待ちながら、じっと暗闇に目を凝らす。

 使われていない坑道だから、当然、明かりの類はない。

 夜目のきく犬人(ワウ)族だから多少見えはするものの、それでもぼんやりと、床に上から落ちて来た石などが散らばっているなと分かる程度で、慎重に進まなければたちまち転んでしまいそうだった。


(こういう時、魔法の使えるエルフ族や、ナビール族だったらな)


 旅先のことであるため、懐に忍ばせておいて、すぐに使うことのできる光源の持ち合わせがなかった。

 こんな時に魔法が使えたら簡単に明かりが確保できたのに、とラウルは羨ましく思いながら、壁に手を当て、自身の位置を確かめながら奥へと進み始める。

 途中、何度か石につまずきそうになった。


(逃げる時は、どうするかだな)


 贋金事件の真相を暴き、証拠をつかんで、王都に帰還して自身の本当の[雇い主]に顛末(てんまつ)を報告しなければならない。

 だから彼は進まなければならないのだが、これほど視界が悪く、しかも足元が悪いとなると、ふと、不安を覚えずにはいられない。

 向かうべき方向は、漂ってくる臭いでわかる。

 戻る時も、外の空気のにおいをたどれば迷うことはないだろう。

 問題は、追手がかかっている時だった。暗い中、転ばないようにゆっくりと前に足を動かしているが、後ろから敵に追いかけられている時にこんな悠長な移動はしていられない。


(なに、見つからなければいいだけさ)


 それは楽観論でしかなかったが、そう思うことで自分を励まし、ラウルは鉱山の深部へと向かっていく。

 坑道は、段々と奥深くへと向かっている様子だった。

 暗いし、周囲は岩盤で囲まれているために平衡感覚が失われそうになっているのだが、なんとなくずっと下り坂になっている感覚がする。たとえば、足に小石が当たると、それは当たった勢いだけではなく余計に奥の方へと転がっていく。

 音がかすかに響く。その度に立ち止まり、耳を澄ませ、相手に潜入していることが気取られていないことを確認しなければならなかった。

 じれったい進み具合だったが、ラウルは慎重さを失わなかった。

 ———シュリュード男爵のことは、長年、マークしていたのだ。

 王国の政権中枢にいる人々に対する贈賄(ぞうわい)疑惑や、赴任先で得た税などの公金を横領したり、賄賂を取って私腹を肥やしたりといった疑いが、何年も前から持たれて来た。

 だが男爵は巧みに追及をかわし、影響力を駆使して捜査を潰し、保身を成し遂げて来た。

 その悪事の決定的な証拠をつかみ、免れてきた償いをさせる時が近づいてきているのだ。

 ここでしくじって、今までの苦労を無駄にはしたくなかったし、何度も手を回されて捜査を中止させられてきた無念も晴らしたかった。

 やがてラウルは、かすかに明かりが漏れている場所へとたどり着いた。

 どうやら、現役で使われている坑道とつながっているところに到着できたらしい。

 そこは坑道が幾筋かに分岐している場所だった。元々、古王国時代の古い坑道が二手にのびていたところに、新しく掘られたものがぶつかって合流したらしく、三叉路の壁の一部が突き崩されたようになって接続している。

 新しい坑道、本道と古い坑道とは、木板を張った壁で塞がれていた。

 その理由はおそらく、昔の坑道はこの先で、すっかり水没してしまっているためだろう。

 鉱山ではよくあることなのだが、水脈を掘り当ててしまったり、岩盤の中にある透水層などから雨水が染み込んできたりして、中に水が溜まってしまうことがある。

 うまく排水することができればその先まで掘り進めることができるのだが、湧水の量が多く排水しきれない場合はそのまま放棄される。

 どうやらこの古王国時代の坑道は、そうして放棄されたものであるらしかった。

 奥に溜まった水はこれ以上掘ろうとしても進めないという証であり、古い時代のもので危険でもあるから、安全のために壁を作って塞いだのに違いなかった。

 ———漂ってきていた贋金作りの[臭い]は、その、行く手を阻んでいる壁の向こう側から来ていた。

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