・7-3 第161話:「全容」

 ケストバレーにおける、贋金事件の捜査。

 それは、今のところ順調に進みつつあった。


「みんな、やったぞ。鉱山まで忍び込めそうなルートを見つけた」


 源九郎が刀の修理を終えて帰ったその日の晩、夕食にやや遅れる時間になって小夜風と一緒に戻って来たラウルが、嬉しそうにそう報告をして来た。


「警備は厳重だったが、兵士の巡回にパターンがあることを見つけた。それに、オレの身体能力なら、うまく見回りのルートから隠れながら進めそうだ」

「ってことはよ、いよいよ、やるのかい? 」


 帰って来たばかりの犬頭にコップに水を注いで渡してやりながら、サムライは真面目な表情になってたずねていた。

 するとラウルは一息で水を飲み干してから、「ああ」とはっきりとうなずいてみせる。


「やはり、怪しいのは鉱山だ。今日、接近してみてわかったことなんだが、採掘作業がほとんど止まっている様子だった。……鉱石が坑道から運び出されてこないんだ。それなのにやたらと人が集まっていて、外から何度か、燃料になる石炭を運び込んでいた。おそらく中で贋金を作るのに使っているのだろう」

「大本命というわけじゃのぅ。……今日、城壁を調べるついでに、鉱夫たちが暇そうにしているのが気になったのでわらわも何人かに話を聞いてみたのじゃが」


 思い当たることがあったのか、珠穂も食事をする手を止めて会話に参加してくる。


「鉱夫たちによると、ここしばらくの間まともに鉱山で働いていないのじゃと。……それ以前から、鉱山で採掘できる金鉱石の量が少なくなっていて仕事が減ってしまい、ここも間もなく閉山か、自分たちも職を失うのかと恐れておったそうなのじゃが、どうやらシュリュード男爵がこの地に赴任して来てからほどなくして、男爵の命令で一部の者以外の鉱山への立ち入りが許されなくなったようじゃ。詳しい理由は知らされてはおらんということじゃったが、別にクビにされたわけでもなく、しかも給料は以前と変わらず出ておるそうじゃ。……鉱夫たちはみな鉱山での仕事がそのうち再開されるから給料が出ているのだと思い、それを待っておるのじゃが、もう長いこと再開されないから、さすがにこれはおかしい、と不思議がっておった」

(だいぶ、話が見えて来たな……)


 源九郎は頭の中でこれまでに得られた情報を総合し、まとめてみる。

 ケストバレーはしばらく前から金鉱石の採掘量が減り始めており、王国から求められる貨幣の鋳造ノルマを達成できなくなりつつあった。

 そこで、これまで数々の任地で功績を上げてきた[敏腕]として知られるシュリュード男爵を立て直しのために送り込んだのだ。

 それによって金貨の製造量は持ち直し、王国中枢が課したノルマはきちんと守られるようになった。

 表面的には、良いことだろう。

 王国中枢が期待する量の貨幣が供給されているのだから。

 ———しかし、実地で調査をしてみたことで、おかしなことがいろいろと見つかった。

 稼働していない、開店休業状態の鋳造所。

 鉱石を掘り出すことをやめ、立ち入りを制限されるようになった鉱山。

 本来の貨幣鋳造システムが停止しているのに、それでも王都にノルマ通りに納められているメイファ金貨。

 これだけ情報がそろって来ると、今回の贋金事件の全容も明らかになって来る。


「シュリュード男爵は、王国の国庫に納める貨幣のノルマを達成するために偽プリーム金貨を製造し、それを使って、献上するためのメイファ金貨を集めている……? 」


 半ば呆然として空中を見つめながらそう呟いたのは、セシリアだった。

 その言葉に、フィーナから夕食のスープを受け取っていたラウルが深々とうなずく。


「おそらく、この事件の全容は、そういうことであるかと思います。……シュリュード男爵は、出世欲の強い人物です。しかし、建て直しを任されたはずの鉱山は、まともに採掘量が得られなくなりつつあって、工夫をしても王国から与えられたノルマを達成できそうになかった。ノルマを守れなければ、シュリュード男爵が築いてきた評判は崩れてしまう。立身出世とも縁遠くなってしまう。だから男爵は、不正な手段に手を出した」


 おそらく鉱山の不自然な様子を観察するうちに、彼の脳裏では真相と呼んで差し支えない仮説が組みあがっていたのだろう。

 スラスラと飛び出してくる推理は確信に満ちているもので、説得力があった。


「……許せませんわ」


 シュリュード男爵が王国に対して裏切りを働いている。

 その事実を突きつけられて半ば放心していたセシリアが、顔をうつむけて呟く。

 スプーンを握ったままの彼女の手は怒りで小刻みに震えていた。

 ———ラウルはセシリアの様子には気づかない様子で、勢いよくスープをかっこむ。


「やはり、シュリュード男爵が事件の首謀者だと考えるべきだろう。ここまで状況証拠がそろっているのなら、疑わざるを得ない。……後は、この仮説を裏付けるための決定的な証拠をつかむだけだ」


 そして食べ終わった食器を置いて顔を上げた犬頭は、獰猛な表情を浮かべていた。

 動かぬ証拠をつかみ、これまで何度も疑惑を持たれつつも真相を暴かれることもなく罪を逃れてきたシュリュード男爵を捕らえるのだと、そう決意した顔だ。


「ところで、珠穂殿。逃走ルートの確保は、どうなっている? 」

「案ずるでない。二か所、使えそうな抜け道があった」

「そうか。……ならば、心配することはないな」


 急ごしらえではあるものの、敵地に潜入し、証拠をつかんで脱出するための条件が整っていることを確認すると、ラウルは宣言した。


「みんな、急で悪いが、オレは今夜、鉱山に潜入を試みようと思う。そこで証拠を押さえ、そのままケストバレーから脱出し、王都に向かう。悪いが、食事を終えたらみんなもすぐに準備を始めてくれ。もしかすると帰り道は敵の追手がかかるかもしれない。覚悟をしておいて欲しい」

「ああ、いいぜ」「早く仕事を終わらせたいものじゃの」「いよいよ、悪者をやっつけるんだっぺ! 」


 その言葉に源九郎たちも次々と賛同すると、すぐにでも行動に移るために急いで夕食を済ませるのだった。

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