:第7章 「捜査」

・7-1 第159話:「朝の作戦会議」

 自分が働く理由。

 刀を振るう目的が、悪を栄えさせるためではなく、善を示すためにある。

 そのことを知った翌日の源九郎の目覚めは、実に快適なものだった。

 刀を振るうのに、なんの気兼ねも遠慮もいらないとわかったからだ。


「おさむれーさま、なんだか今日は機嫌がいいだな? 」

「ん? ああ、まぁな。久しぶりにベッドで眠れたから、気分がいいんだ」


 朝食のスープを器によそいながら不思議そうにたずねて来るフィーナに、サムライはそれとなく話を合わせつつうなずいてみせる。

 ラウルたちの正体について、この場で彼女に知らせるわけにはいかなかった。実質的にこちらの推測を全面的に認めた形ではあったが、仕事が終わるまでは一応、隠し続けなければならないという雰囲気だ。

 シュリュード男爵。

 この、ケストバレーの統治を中央から委任されている人物。

 贋金事件の捜査線上に浮かんだ第一容疑者であり、王国の政治中枢に深いパイプを持っている男爵にこちらの動きが気取られるようなことがあれば、すぐに対策をされ、彼と裏で太いパイプでつながっている、大きな影響力を持つ要人たちからの圧力によって捜査を潰されかねない。

 それを避けるためにはまだ、一行は贋金の製法を奪いに来た、表向きは流れ者の商人、裏は犯罪結社という[設定]を守っていた方がよいのだ。


(マオさんのこともそうだが……、俺、けっこうフィーナに秘密を作っちまってるよな)


 ラウルが言っていた通り、秘密というのは、それを知っている者が少なければ少ないほど漏れにくい。

 サムライは元村娘のことを信用しているが、犬頭はまだ彼らの正体について隠しておきたいということだったし、黙っていた。

 そのことには少し心が痛んだが、この事実について知らない、ということで、フィーナを守ることに役立つ場合だってある。

 もしこれから進めていく捜査の段階でシュリュード男爵にこちらの動きを感づかれ[厄介ごと]となった場合に、なにも知らない元村娘は、ただ雇われて一行の食事などの支度を手伝っていただけだと、言い逃れができる可能性があるのだ。

 長老から、彼女のことを頼む、と遺言されていることもある。

 過保護というか、子ども扱いしているようで申し訳なくも感じたが、源九郎は自身の罪悪感をこうした理屈で心の奥底にしまい込んだ。


「さて、今日の予定の確認だが、昨日も言ったが、オレはなんとか鉱山までもぐりこむ道がないかを調べてみようと思う」


 やがてラウルがそう切り出し、朝食を食べながらの作戦会議が始まった。


「タチバナが言っていたことだが、鋳造所が開店休業状態かもしれないというのが気になってな。もし贋金作りが行われているとすれば鋳造所だと思っていたのだが、そこが動いていないのだとすると、もしかすると鉱山でやっているのかもしれん。……このケストバレーからは、今もノルマ通りのメイファ金貨が王国に納められ続けている。それなのに鋳造所が動いていないというのはおかしいし、谷の奥の方を調べることができればいろいろと明らかになって来ると思う」

「ならば、そなたに小夜風を助太刀させよう」


 すると、静かにスープを口に運んでいた珠穂が、視線も向けずに声だけで会話に参加してくる。


「昨晩、職人街の方の地理はあらかた見回ってくることができたようじゃ。それに、キツネという外見を生かして、鋳造所から先についても調べて来られたらしい。鉱山までは時間が足りずにたどり着けなんだが、お主が探りを入れるのに当たり、なにかと役に立とうぞ」

「ほぅ、そいつはありがたい、が……。珠穂殿、いつもどうやって小夜風とコミュニケーションを取っているんだ? 」

「小夜風は善狐。特別な力を持っておるし、わらわと盟約を結んでもおる。それゆえ、ある程度は言っていることが分かるのじゃ」

「巫女さま、キツネさんとお話しできるんだっぺか!? 」


 巫女の説明に、元村娘が瞳を輝かせた。

 動物とお話ができる。そんなメルヘンチックなことに憧れる点はやはり、年相応の少女らしい。


「なら、ぜひ力を借りたい」


 ラウルがそう言って丁重に頭を下げると、珠穂の足元で鶏肉を煮込んで柔らかくしたものを食べていた小夜風は、任せておけ、とうなずいてみせる。


「わらわは城壁に抜け道がないかを引き続き探ってみるとして……、源九郎。そなたはどうするのじゃ? 昨日と同じく、ラウル殿について行くのかえ? 」

「俺? 俺は、そうだなぁ……」


 珠穂と小夜風のことを羨ましそうに見つめているフィーナのことを微笑ましそうに眺めていた源九郎は、突然話を振られて少し考え込む。

 彼は、潜入とか、そういった仕事はしたことがないし、体格が良く風貌も目立つから不向きだった。

 だから鉱山の探索を試みるラウルについて行くことはできない。戦闘面ではともかく、忍び込む際には邪魔になってしまうからだ。

 とすると、自分も地理を把握するために動き回りつつ、何か起こった時にすぐ駆けつけられるようにしているべきかとも思ったが、ふと、自身の肩に立てかけてある刀のことが気になった。


「なぁ、ラウル。アンタが本気で潜入を試みるって言うんなら、万一に備えて俺は待機していようと思う。けど、もしも時間があるって言うんなら、ちょっと寄っておきたいところがあるんだが」

「今日はまだ、無理はしないつもりでいるから、そんなに気張らなくても大丈夫だとは思うが……、どこへ行きたいんだ? 」

「鍛冶屋のところさ。俺の相棒のこの刀、実は、けっこうダメージが溜まっていてよ。ドワーフっていうのには、名工が多いんだろう? だから、こいつを一度見てもらって、万全の状態にしておきたいんだ」

「なるほど。そういうことなら、かまわないぞ。ただ、できれば今日中に仕上げておいてくれ」

「わかった」


 源九郎が愛用している、旅の相棒。

 それは、フィーナを救うために、異国から工作のために送り込まれて来た騎士と戦った際にダメージを負い、その修復もできずに今まで使い込んできている。

 日常的な手入れならば自分でいくらでもできるのだが、歪んでしまった刀身の修復といった本格的な手直しは、専門の職人に頼まなければどうにもならない。

 これから起こるかもしれない荒事に備えてしっかり直しておきたいという要望に、犬頭は同意してくれた。


(ま、使わないで済むに越したことはねぇがよ)


 サムライはそう思いつつも、ようやく自身の半身とも言うべき刀を修復できることを喜んでいた。

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