・6-13 第158話 「放物線:2」
表面的には両替商。裏では贋金作りの利権奪取を狙う、悪徳組織。
人質を取って無理やり源九郎を働かせようとするなど、それらしい仕草を何度も見せてきたトパス一味。
しかし、その正体はむしろ、正義を成す義務を背負った側なのではないか———。
サムライの問いかけに対する犬頭の沈黙と、描かれた放物線に如実に表れた動揺は、その推測が事実、もしくは限りなくそれに近いということをありありと物語っていた。
「多分、珠穂さんは薄々感づいているぜ。考えることに関しちゃあんまり得意じゃねぇ俺にわかったくらいなんだ。セシリアの嬢ちゃんがやんごとない身分の出身だってわかれば、後は自然に、アンタらの正体もただの悪党じゃねぇって気づく」
「タチバナ。オレたちにも、いろいろ事情があるんだ」
ラウルはもはや、ウソをつき通そうとはしなかった。
彼自身、すでに限界を感じ取っていたのだろう。
セシリアはこの時代には珍しくしっかりとした教育を受けており、世間知らずながらも聡明なお嬢様だったが、その経験のなさのために正体を感づかれそうなことをその口から漏らしている。
その度に犬頭は強引にとりつくろって来たが、一回や二回なら偶然で済ますことができても、何回も、となると怪しまれざるを得ない。
珠穂ははっきりと疑っていたし、今はこうして、源九郎にも感づかれてしまった。
ここでウソをつき続けようとすれば、不信感を持たれるだけになるだろう。
贋金事件を解決する。
そういう[任務]を帯びているラウルとしては、ここで、貴重な戦力となるはずの仲間たちを失うわけにはいかない。だから、最低限の秘密は残すが、ある程度の情報を公開することに決めたのだろう。
「まず、率直に認めよう。オレたちはただの悪党じゃない。———さるお方から密命を受け、この贋金事件を追っている。表向きは両替商、裏は犯罪結社というのは、調査を円滑に行うための偽装さ。裏社会に溶け込んだ方が情報も得やすいし、そのおかげで、このケストバレーが怪しいということも知れた。もっとも、仲間の中には本物の元アウトローもいるがな……、裏社会に詳しい奴らがいてくれるとなにかと助かるんだ」
「ああ、わかるぜ、そういうの。俺の
犯罪を捜査するために、元犯罪者を雇い入れる。
源九郎はそういう話に聞き覚えがあった。
時代劇に登場する、いわゆる岡っ引きとか呼ばれている人々のことだ。彼らの中には元犯罪者という経歴を持つ者が多い。堅気の人間がなかなか踏み入ることのない裏社会と関わり合いを持つ元犯罪者などを利用することで、通常では手に入れることのできない情報などを集め、治安維持に役立てていたのだ。
トパス一味にはガラの悪い連中も多くいたが、本物のアウトローだったのだと考えれば合点がいく。
「シュリュード男爵が怪しいというのは、ケストバレーが調査線上に登って来た時から、うちのボスを始め、多くの仲間が疑っていたことだ。……だが、奴はなかなかやり手でな。これまでも王国から統治を委任された地で政務を成功させ、数々の功績を上げてきた。ここを任されたのも、その手腕を見込まれてのことだ。実際、奴はうまくやった。……ここ何年か、段々と金の採掘量が落ちて来ていてな。金貨の製造量も減少してきていたんだ。だが、シュリュード男爵はどうやったのか、王国が求める金貨製造のノルマを達成し続けている」
「へぇ。本当に有能なんだな? 」
「ああ。それが厄介なところなんだ。奴には以前から汚職の疑惑が持たれていたんだが、仕事ができるからっていうことで、不問とされて来たんだ。さらに厄介なことに、奴は王国の中央の政界に強いパイプを持っている。……袖の下、さ。噂にはなっているんだが、お偉いさんたちが奴の味方をしているから誰も手を出せない。大っぴらに捜査しているとわかると、必ず横槍を入れられる」
「なるほどな。それで、悪党のフリをしていたと? 王都を急いで出発しようとしていたのも、そのためか? 」
「そういうことだ。……今まで騙していたことは、謝ろう。しかし、そうせざるを得なかったんだ。もし万が一、お前らがべらべらとオレたちがケストバレーの、シュリュード男爵のことを探ろうとしていることを話しでもしたら、また捜査を潰されてしまう」
「おいおい、俺の口は堅い方だぜ? そんなに信用できないのか? 」
「秘密ってのは、知っている人間が少なければ少ないほど、守りやすいものなのさ。悪いが、これもこの捜査を成功させるためなんだ」
源九郎がわざとからんでみせると、ラウルは悪びれずにそう言って肩をすくめてみせた。
いつの間にか、彼の用足しも終わっていた。
犬頭は何度かその場で小さくジャンプをしてから服を整えなおすと、あらためてサムライの方へ向き直る。
「お嬢が旅に加わったのは、完全に想定外のことだった。あのご気性だから無理に帰っていただくこともできないし、こっちの正体を知られるわけにもいかないから、隠すしかなかったんだ。わざとらしかっただろうが、許してくれ」
「ふん、まぁいいさ。……お前らが悪党じゃなく、正義を執行する側にいるらしいって知れて、ずいぶん気持ちが楽になったからな」
ラウルの方を振り返った源九郎は、ニヤリ、と微笑んで見せる。
———実際、気持ちは軽くなっていた。
贋金事件の真相を暴く目的が悪質な金儲けのためではなく正義を成すためであるのだとすれば、気兼ねせず刀を振るうことができる。
立ちふさがる相手は、なんの遠慮もなく打ち倒していくことができる。
それに、人質、ということになっているマオの身も、おそらくは安心だろう。源九郎たちに正体を隠すため、[自分たちは悪の組織なのだ]と証明するために身柄を抑えるという実力行使をして見せたのに過ぎず、何かあっても実際に彼に危害を加えることはないはずだからだ。
「先にも言ったが、詳しいことは仕事が終わってからちゃんと話そう。その時、オレや、お嬢の本当の身分も話すことになると思う。だからそれまでは、信じてくれないか? 」
「ああ、それでいいぜ」
源九郎はラウルの言葉にうなずくと、右手を差し出していた。
その仕草に犬頭は一瞬首をかしげたが、すぐに意味を理解し、その手を取る。
二人は固く握手を交わし、互いに微笑み合った。
———それから、サムライはふと真顔になり、ぽつりと呟くように問う。
「そういやお前、手、洗った? 」
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