・6-11 第156話 「気になる二人:3」

 ラウルがあげた叫び声に驚いて視線を向けると、彼はフィーナが口の中に突っ込んでいたパンをものすごい勢いで咀嚼し、飲み込んでいるところだった。

 途中で噛み砕いても、元村娘がすかさず残りのパンを突っ込んで来る。

 このくり返しから逃れる方法は、すべてのパンを自分が食べきってしまうことだ。

 そう腹をくくったラウルは、まるで一気飲みするように勢いよくかぶりつき、涙をこぼしながら、噛むのもそこそこに喉の奥へとパンをねじ込んで行った。


「ひゃ、ひゃうっ!? 」


 その勢いはすさまじく、このままでは獣人の人間よりも鋭い歯で自分の腕も噛み千切られてしまうのではないかと心配したフィーナが、悲鳴を漏らしながら慌てて手を引っ込めるほどだった。

 自由に頭部を動かせるようになったラウルは頭を天井に向け、重力も使って口の中の物を胃に納めていく。

 ずずず、と、まるで地盤沈下するようにこんがりキツネ色に焼けたパンが、獣人の体内に沈み込んで行った。


「ほほまへにひへもはほーか! 」


 まだ口の中で咀嚼しながら、鋭い眼光で源九郎と珠穂、フィーナを睨みつけると、くぐもった声で犬頭は「そこまでにしてもらおうか! 」と言って来る。

 全員が呆気に取られている中で、彼は最後に残っていたモノもゴクンと飲み干し、あらためて口を開いた。


「お嬢の正体を知りたいというのは、わかった! だが、今は止めて欲しい。もしどうしても知りたいというのなら、この[仕事]が終わってからだ。王都に戻った際に、全部話してやろう。それで、お終いってことにしてくれ」


 それは、これ以外の案は認めないという断固とした言葉だ。

 呆気に取られていた源九郎たちだったが、やがて珠穂がこほん、と咳ばらいをする。

 彼女はまだ、セシリアの正体を暴くことを諦めていない様子だった。


「しかしのぅ、ラウル殿。わらわたちも、そなたらの秘密のせいでまた厄介ごとに巻き込まれるわけには……」

「メイファ金貨二十枚! もし王都に帰りつくまでこの件で黙っていてくれるなら、追加で出す! オレがトパスの旦那に責任を持ってかけ合う! 」


 しかし、ラウルが被せるようにそう言うと、巫女は黙り込んだ。

 ———迷惑料としては悪くない、いや、むしろ破格の金額ではないかと悩んでいる様子だ。

 この[仕事]を受ける時にも彼女は報酬であっさりと折れたが、よほど金銭に困っていたのかもしれない。

 あるいは、それだけの費用が必要となるほど、彼女はこれから先も自身の旅を続けなければならないのだろうか。

 すると、全員の注目を集めるために犬頭がバンバンと大きめの音を立てて拍手をする。


「はい、これでこの話は終了! 明日もいろいろ大変なんだから、さっさと飯を食って、休むこと! いいな!? 」


 珠穂の沈黙を、ラウルは勝手に[合意]ということにして押し切った。


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 セシリアへの追及が強引に制止された後。

 一行は不完全燃焼な微妙な雰囲気ながらも夕食とその片づけを済ませ、それぞれのベッドで眠ることにした。

 贋金事件の解決のためにやらなければならないことは多い。

 日が昇ったらすぐに活動を開始できるよう、早く休んで、早く目を覚ますのだ。

 いないのは、小夜風くらいのものだった。

 彼はその外観の通り、夜行性で夜に強く、夜目も効く。ということで、後々のために単独行動をして、ケストバレーの地理を把握しに向かっているのだ。

 おそらく誰かに見咎められても、野生のキツネだと思われるだろう。悪くとも、家禽として飼われている鶏を狙いに来たとでも思われて、追い払われるくらいで済むはずだった。

 宿泊している安宿の部屋の中には、パーティの仲間たちの寝息が聞こえている。

 六人部屋だから、ベッドは六つある。扉から入って左右に三つずつ。

 左側の一番奥ではセシリアが眠る時もお行儀よい姿勢で静かに眠り、その反対側ではフィーナが時折寝返りを打っている。お嬢様の隣はその警護も兼ねているつもりなのかラウルで、その反対側には珠穂が、いつでも外さない編み笠を顔面から被って寝づらそうに眠っている。

 源九郎も一番扉に近いベッド、犬頭の隣で眠っている。

 だがそれは、フリだった。


(確かめておかねぇとな……)


 彼はそんな思いを胸に、じっと、機会が訪れるのを待っている。

 しっかりと話を聞けたわけではなかったが、サムライはセシリアの正体におおよそ感づいていた。おそらくそれは珠穂も一緒だろう。

 そして、そのお嬢様の正体が何であるかという仮定を[正しい]とした場合、これまで考えていたそれぞれの立ち位置、というのが大きく変わって来る。

 どうにかそのことをハッキリさせておきたかった。

 自分が贋金事件のために働かされているのは、本当は何のためなのかを、知りたかった。

 ———やがて、待っていた機会が訪れる。

 隣のベッドで、もぞもぞとラウルが起き上がると、彼は眠そうに目をこすりながらサンダルを履き、部屋の外へと向かって、一度部屋の中を振り返って自分以外の全員が眠っているらしいことを確かめてから、軽くあくびをして出て行った。

 源九郎は静かに起き上がると、鋭い眼光で犬頭が去って行った扉を睨みつける。闇の中に彼の白目が不敵に輝いている。

 彼の[作戦]通りであるのならば、これからきっと、ラウルと一対一で対峙できるチャンスがある。

 自身の疑問を確かめられるとすれば、その時をおいて他にはなかった。

 サムライは音もなくベッドから起き上がると、異世界に転生してからすっかり身についてしまったクセで刀に手をのばそうとし、武器は必要ないと気づいて引っこめると、護身用の脇差だけを帯に差し、自身もサンダルを履いて、静かに部屋から出て行った。

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