・6-10 第155話 「気になる二人:2」

 一日の終わりの時間の、穏やかな夕食の場。

 その席で、ナビール族のお嬢様ことセシリアは、他の仲間たちに追い詰められていた。

 ———これまでなにかとかばってくれていたラウルは、今回助け舟を出せない。

 彼はフィーナによって口の中にパンを押し込まれ続けており、あごを外されないようになんとか頑張っている、という状況だ。


「さて、小娘よ。どうなのじゃ? そなたの家というのは、いったいどんな場所なのじゃ? そもそもそなたは、何者なのじゃ? 」


 懐から鉄扇を取り出し、ぱっ、と広げて口元を隠しながら、珠穂は勝ち誇った視線を編み笠の下からセシリアへと向けている。

 ここまで追い詰められれば、お嬢様も本当のことを話さざるを得ないと確信しているのだろう。


(謎だらけって言えば、この巫女さんも、そうなんだけどよ)


 源九郎はそんな珠穂の姿をちらりと横目で確認し、怪しむように双眸を細めていた。

 素性が知れないといえば、彼女もまったく同じなのだ。

 東雲国という遥か東の異国からはるばるやって来た、ということと、なにか目的があって苦しい旅を続けているということは知っている。

 しかし、そうまでして世界を巡っている理由や、どうして編み笠をいつも脱がずに被ったままでいるのかもわからない。

 きっと、すべて何かしらの事情があるのには違いない。珠穂はその秘密を固く守っている。

 気にならないといえば、ウソになる。

 だが今はとにかく、セシリアの秘密を知ることの方が優先事項だった。


「えっと、その……、あの、ですね? 」


 お嬢様は両手でスープの入った深皿を持ったまま、ドギマギとした様子で愛想笑いを浮かべている。

 別に、源九郎も、珠穂も、フィーナも、詮索が好きなわけではなかった。

 他人には知られたくない過去や秘密があることは別に珍しいことでもなく、根掘り葉掘り、それも無理やり聞き出されるのは誰だって嬉しいとは思わない。

 だから本当なら黙っているのだが、今回の場合は聞いておくべきだと思う理由があった。

 ———さらなる厄介ごとに巻き込まれたくはないからだ。

 源九郎もフィーナも、猫人ナオナーの商人・マオを人質に取られているから仕方なく働いているのに過ぎないし、珠穂も、報酬を約束されて前金も受け取っているから仕事として引き受けてはいるが、決してこの状況を望んでいたわけではない。

 もしセシリアとラウルが隠そうとしている秘密のせいでこれからまた、大きなトラブルに巻き込まれてはたまったものではなかった。

 彼らは決して、事前に相談して結託していたわけではない。

 それぞれの利害関係が一致し、たまたま[チャンス]が訪れたから、それに乗ったまでのことである。

 臨機応変、という奴だ。


「わらわが見るところ、そなた、高貴な家柄であろう? ただの金持ちとは思えぬ」


 ちらちらと視線を向け、フィーナに抑え込まれているラウルに助けを求めるばかりでなかなか答えようとしないお嬢様に、巫女は容赦なく圧をかけていく。


「そなたの家は間違いなく、富裕なのであろう。でなければあれだけの衣装をそろえてあらわれることなどできぬはずじゃ。しかし、どうにも金があるだけの家とは思えぬ。……わらわたち婦女子というものは、マナーやしきたりというものを教え込まれるものじゃが、政治とか社会制度とか、そういう知識はなかなか教えられないものじゃ」


 珠穂は断定する口調でそう言う。

 揺るぎないのはおそらく、彼女自身、そういう教育を受けて育ったからなのだろう。


(そういや、中世とか近世っていえば、まだ、教育ってあんまり熱心じゃなかった時代だよな……)


 いつだって例外というものはあるのに違いなかったが、基本的にはまだ、教育というのはあまり重視されていない時代であるはずだった。

 あの[神]が自身の理想のために作った世界だから、地球の中世・近世に似ていてもいろいろと違うところはあるだろうが、源九郎はまだこの世界で、基礎教育を行う[学校]というものを見たことがない。

 フィーナが、簡単な読み書きと、足し算引き算ぐらいしかできない学力であるのに、それでも「村では優秀だった」と胸を張っていられるということもある。言い方は悪いかもしれないが、その程度の学力であっても自慢できるほど教育水準が低いのだ。

 やはりこの世界では、教育というのは一部の富裕層しかまともに受けることのできないものであるのだろう。

 そして、そういった者たちが行う教育というのは、自分たちにとって必要なものに絞られる。

 学者の家なら学問のことを。騎士の家なら戦いのことを。商業の家ならば商いのことを。農業の家なら農作のことを。

 これからその事業を引き継いでいく上で必要な知識を優先し、他の、おそらくは一生使わないはずの事柄までも学ぼうとはしない。その分の時間と費用コストは不要なものとして見なされ、カットされるというだけではなく、そもそも様々な知識を教え伝えていく[学校教育]というシステムそれ自体が未発達であるためだ。

 そして裕福な家庭であっても女性に対して行われる教育というのは、社交的なものやマナーについてのものがほとんどというのが現実だった。社会的に重要な地位につくのは主に男性という時代であり、女性にとって必要なのは「良き妻」「良き母」になるための知識だけでいいという、前時代的な考え方によって支配されてしまっている。

 ———そんな時代であるはずなのに、セシリアは、政治や社会制度の知識を豊富に持っている。

 つまりは、彼女はそういう知識が必要な[家]に生まれ育った、ということに違いないのだ。

 源九郎がようやく至ったその結論に、珠穂はとっくに気づいていたらしい。

 彼女はすっと双眸を細め、いよいよセシリアを追い詰めにかかる。


「そなたの家は、そういう知識が必要な家。ただの金持ちの、たとえば商人の家などではないはずじゃ。……ということは、おそらく」

「もがーっ!!!!! 」


 だが、巫女の言葉は、ラウルがあげたくぐもった声での渾身の雄叫びによって遮られてしまっていた。

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