・6-3 第148話 「調査方法:2」
突然口を開いたセシリアから初めて登場する人物の名を聞いた源九郎は、思わず彼女にたずねていた。
「シュリュード男爵、っていうのは? 」
「ケストバレーは、メイファ王国の直轄地なんですの。ですが、王都からあれこれ直接指示をするのは大変ですので、担当者を任命して運営を委任しているのですわ。その担当者が、シュリュード男爵。見た目は……、ぶくぶく太った中年男性で、いかにも強欲、といった顔立ちをしておりますが、職務には忠実で、お仕事もできるお方と聞いておりますわ」
「ほぅ、お主、なかなかに詳しいのぅ。さすが、金持ちの家は人脈が広い、ということか」
意外に事情通であるらしいお嬢様に珠穂が興味深そうな視線を向けている。
「ええ。シュリュード男爵とは、任地におもむく前の任命式のパーティでお会いし」
「あっ、お嬢! 虫! 虫が足元におります! 」
その時、唐突にラウルが叫んだ。
するとセシリアは「きゃーっ!! 」という甲高い悲鳴をあげ、持っていた食器やスプーンを手にしたまま勢いよく立ち上がって、その場でジタバタと足踏みをして暴れはじめる。
身に着けている麻布のチュニックのすそと彼女の明るい色の金髪が、せわしなく踊った。
「虫! 虫は、いやですわ~っ!!! た、助けてっ! 助けてくださいましっ!! 」
「お、落ち着くだ、おねーさん! もう虫なんていねーだよ! 」
「ほ、本当ですの!? 」
「本当だっぺ! 」
暴れているお嬢様の足元を確認したフィーナが保証すると、ようやく落ち着きを取り戻した。
「スープ、まだあるけんど、お代わりするだか? 」
「ぅぅ……。いただきますわ。騒いだらまた、お腹が空いてしまいました」
心底から虫が苦手であるらしいセシリアに同情した元村娘がたずねると、彼女はしおらしい声でぼやきつつ深皿を渡す。
「暖かさが、身に染みますわぁ……」
お代わりを受け取り、中身をスプーンですくって口に運ぶと、じわり、と涙が浮かぶ。
その姿を見て、褐色肌の少女は「うむ」と満足そうにうなずいていた。
最初は好き嫌いばかり、わがままばかりのお嬢様だったが、今ではすっかり、文句を言わずに食事をするようになった。
食料がどんなに貴重なのか、旅の中で思い知ったのだろう。さきほど取り乱した時も、しっかりと皿とスプーンは持ち続けており、中に残っていたわずかなスープも無駄にはしなかった。
食べ物を大切にする姿勢を身に着けてくれたことが、元村娘には嬉しく感じられている様子だ。
(コイツ……。わざとやりやがったな? )
セシリアがしみじみと今日の食事にありつけることに感謝し、嬉しそうなフィーナが焚火の火加減の調整に戻る一方、源九郎は疑惑の視線をラウルへと向けていた。
さっきの騒動は、あまりにも不自然だった。
本当に虫がいたのかもしれないが、もしそうだとしてもあんな教え方をしてお嬢様を慌てふためかせる必要などないはずだったし、実は、そんなものは最初からいなかったのではないか? と思える。
同様の疑いを、珠穂も持ったのだろう。
編み笠の下からジトっとした視線を犬頭へと向けている。
「ところで、ラウル。
その時、よやく自分もなにかの役目を果たす必要があるのではないか、ということに思い至ったのだろう。
冷静さを取り戻したセシリアがたずねると、疑惑の視線を愛想笑いでごまかしていた獣人は、渡りに船、といった勢いでうなずいていた。
「お嬢には、そちらの娘、フィーナの助手をしていただければと思います」
「まぁ、
「そりゃ、おねーさんには火おこしができねーからだっぺ」
不満そうに唇を尖らせるお嬢様に、元村娘は得意そうに言う。
「おねーさんは、ボヤを起こすんに必要な燃えるもんを集める手助けをしてくれりゃ、それでええだよ」
「それでは、
実際に役に立たないのである。
擁護できない事実なので、源九郎もラウルも珠穂も、沈黙する他はない。
「フィーナ! あなたがいつも使っている火打石、それをお貸しなさいな! そうすればそれで、この
「あっ、こらっ、ダメだっぺ! これは、おらの大事な、おっとうとおっかあの形見なんだっぺ! 」
自身の扱いが不満なのかセシリアはフィーナに手をのばし、その懐から火打石を奪おうとするが、元村娘も自身の宝物を奪われまいと必死に抵抗する。
「まぁまぁまぁ、よいではないですか、お嬢。まずは一歩ずつ、できることからですよ。ね? そうやってここまで旅を続けて来られたのではないですか? 」
本格的なケンカになり始めたので、愛想笑いを浮かべたラウルが止めに入る。
するとこれまでの辛い旅の中での経験を思い出したのか、お嬢様は大人しく引き下がった。
「分かりましたわ……。悔しいですが、
それから彼女は、少しだけ前の話を思い出したらしい。
音もなく静かに、お上品にスープをすすった後、ほっとした顔をしている犬頭に再び視線を向ける。
「ところで、やはりシュリュード男爵の手を借りるのは、ダメなのですか? 」
「そ、それは、できませんよ。お嬢」
獣人はこちらに相変わらず疑惑の視線を向けてきている源九郎と珠穂の様子を横目で確認し、なんだか苦しそうに言葉を続けた。
「我々は贋金の秘密を奪おうとしている悪党なんです。そんな、王国の正式な役職についている人に頼るなんて、できるはずがありませんよ! 」
「あら……。確かに、そういうお話でしたわね? 」
「それに! もしかすれば、シュリュード男爵自身が、贋金作りに関与しているかもしれないのです。まずは調査を行って、ざっくりとでも状況を把握しないといけないんです」
「ま! なんですって!? シュリュード男爵が、王国への裏切りを!? 」
大仰に驚いたセシリアが血相を変えて立ち上がるのを、ラウルはどうどう、と手ぶりで抑え込む。
すると、他のメンバーからの視線を集めていることに気づいたのか、お嬢様は冷静さを取り戻して腰かけ直した。
「そ、そうですわね。ラウルの言う通り、まずは、探りを入れてみるべきですわね」
それから彼女は話を合わせるようにそう言うと、「ああ、歩いた後のご飯は、美味しいですわ~」と呟きながら食事を再開する。
(贋金作りも問題だが、やっぱ、怪しいよなぁ……)
源九郎も食事を再開したが、疑惑は深まる一方だった。
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