・3-9 第107話 「しばしの観光:2」
一行が進んでいくと、段々と人の密度が増していき、より賑やかな場所に出た。
大きな広場だ。今までは左右に三階建てほどの建物が立ち並んでいて縦に長い長方形に空が切り取られていたが、一気にそれが広がって、解放感を感じさせる。
上とは対照的に、地表はぎゅっと密集している。
数多くの露店が所狭しと並んでいるだけではなく、その周囲を大勢の人々が行きかっていて、油断しているとすぐに肩がぶつかってしまいそうなほどなのだ。
「つきましたにゃ。ここが、パテラスノープルに二つある市場の一つ、西市場ですにゃ! 」
人ごみの中を歩き続けながら、マオがそう教えてくれる。
ここが、西市場。
パテラスノープルの繁栄の中心地なのだ。
「へぇ、こりゃ凄い。まるで通勤ラッシュの時の駅みたいだぜ」
「手でもつないでねーと、すぐにバラバラになっちまいそうだべ」
源九郎は心底感心したような声を漏らし、背が小さいために人垣にさえぎられてすっかり周りが見えなくなってしまったフィーナは、心細そうな声をあげる。
「なんだ? 手をつないで欲しいのか? なら、ほれ、捕まりな」
「う、うん……。おさむれーさま、ありがと……」
さっと手を差し出すと、元村娘はおずおずとつかみ返してくる。
最初、握り返す力は遠慮しているのか弱々しかったが、見ず知らずの土地で迷子になるかもしれないという恐怖が勝ったのか、すぐにぎゅっと握り返してくるようになった。
二人の方をちらりと振り返っていたマオはその様子に微笑ましそうに表情を和らげると、先導して人混みの中を進んでいく。
人間よりも背の低い
「宿屋のご主人に教えてもらった両替商は、こっちにあるはずですにゃ」
地図を持っているわけではなかったが、以前にもパテラスノープルを訪れた経験を持つマオは、話に聞くだけで目的地の場所に見当をつけることができているのだろう。
ほどなくして一行は、西市場に面するように建っている店舗へとたどり着いていた。
大きな窓のたくさんある明るい雰囲気の建物で、店先には[両替承ります]の看板がかかげられ、朝早いにもかかわらず営業中らしく人の出入りがある。
「へぇ、なかなか繁盛していそうな店じゃねーか」
その両替商を見つけた時、源九郎は感心するのと同時にほっとしていた。
というのは、「他より手数料が安い」という話を聞いて、いわゆる[もぐり]の店ではないかと、ほんの少しだけ心配していたのだ。
だが、目の前にある店舗の様子からはそんな怪しげな雰囲気は少しもしない。
場所は、おそらくは市場で取引をする人々にとってもっとも利用しやすい広場に面した一等地にあるし、その外見もきれいに整備されていて手入れが行き届いている。
人の出入りも盛んにあるし、こうやって外見を美しく保てているということは、そういう部分にお金と手間をかけられるだけの余裕がある、ということでもあるから、経営がうまくいっている店に違いなかった。
「それでは、ミーは両替をしてきます。源九郎さんとフィーナさんは、申し訳ありませんが少々こちらでお待ちくださいですにゃー」
「おう、わかったぜ」「マオさん、しっかり! だっぺ」
すっかり安心した源九郎と、今まで手にしたこともないような金額を受け取ることになるためか少し興奮気味のフィーナに見送られて、マオは店の中に入っていく。
「さて、フィーナ。約束の報酬をもらえたら、なにか買うかい? 」
両替商から西市場の方へ視線を向け、ワイワイガヤガヤ賑やかに、盛んに取引が行われている様子を周囲から一段高い背丈から見渡しながら、サムライは元村娘にそうたずねてみる。
辺境の村々の窮状を王に訴え、その目を困窮している村人たちにも向けさせる。
この旅の目的であり、必ず果たさなければならない重要な使命はまだ完了してはいなかったが、せっかくこれほど栄えている街に来て、珍しいもの、見たことのないものがたくさんあるのだから、少しくらい財布のひもを緩めてみてもいいだろうと思ったのだ。
幸い、資金の当てはある。
「で、でも……。村の人らに、申しわけねーっていうか……」
フィーナは、複雑そうな表情をする。
市場になにが売っているのかはもちろん興味があるのだが、苦労しているのに違いない村人たちを差し置いて、自分だけが楽しい思いをしてもいいのかと思ってしまっている様子だった。
「ほら、おんぶしてやるからさ、おもしろそうなお店、探しておいてくれよ」
そんな彼女の様子を健気に感じたサムライは優しい笑みを浮かべるとその場にしゃがみこみ、その大きな背中を見せていた。
「ぅえっ!? え、ぇえっと……」
突然の仕草に、元村娘は戸惑う。
だが、その口元は嬉しそうに、明らかに緩んでいる。
辛い経験をし、悲壮な覚悟で村を出て、ここまで旅を続けてきた彼女だったが、やはり十三歳の少女なのだ。
物珍しいものを見たいという好奇心は強くあるし、源九郎のように強くて頼りがいがあって、しかも優しい大人に甘えてみたいという気持ちもあるのだ。
「ほれ、遠慮すんなって」
フィーナが葛藤しているのがわかるサムライは、両手をひらひらと振って早く背中に乗るように催促する。
「じゃ、じゃぁ……」
すると少女も踏ん切りがついたらしい。
最初はおずおずと身体をよせ、それから、嬉しそうに大きな背中にしがみつく。
「よぅし、しっかりつかまってな! 」
少女の体温と重みを感じ取った源九郎が威勢よく立ち上がると、その背中で「わぁっ! 」という歓声があがった。
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