・1-57 第72話 「2人の射手:2」

※作者注

 本話も、流血シーンがあります


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 この一撃で致命傷を与える。

 そういうつもりで、源九郎は全力で刀を振り下ろしていた。


 しかし、その一撃では、野盗の射手は死ななかった。

 なぜなら、彼はとっさに自身の左腕を源九郎の刀が振り下ろされるところに割って入らせていたからだ。


 切れ味が鈍っているとはいえ、渾身こんしんの力で振り下ろされた源九郎の刀は野盗の腕を切断し、その首筋にまで到達していた。


 だが、浅い。

 狙っていた首の太い血管を切断するまでには至らず、射手を絶命させることはできなかった。


「ぅわぁぁぁぁぁぁぁっ!! 」


 自身の左腕を斬り落とされ、首筋にも浅く切り口をつけられた射手は、そんなわめき声をあげながら源九郎に飛びかかって来る。

 武器を失い、片腕も失ってしまった状況では、もう他に戦う手段が思い浮かばなかったのだろう。


 その勢いに、源九郎は体勢を崩される。

 そして、あまり広くはない城壁の上でのこと、そのまま足を踏み外してしまっていた。


 源九郎と野盗の射手は空中を落下し、そしてほぼ同時に地面に叩きつけられる。


 城壁は、3メートルほどの高さがあった。

 だからそこから落ちただけでは重傷を負うことはなかったが、息がつまるような衝撃が2人を襲う。


 先に起き上がったのは源九郎だった。

 落ちた瞬間に受け身を取ることができたおかげで、射手よりも落下による衝撃を小さくすることができたからだ。


 まだ地面の上で痛みに悶えている射手にトドメを刺そうとした源九郎だったが、しかしそこで、自身の手から刀が失われていることに気づく。

 どうやら空中に突き落とされた際に、手放してしまったようだった。


 素早く周囲を見渡してみたが、刀は近くにはない。

 上を見ると、刀は城壁の上に引っかかっていた。


 刀を取りに行っている時間はない。

 そう判断した源九郎は脇差を引き抜くと、ようやく立ち上がろうとしていた野盗の射手めがけて飛びかかっていた。


 源九郎は射手を背後から羽交い絞めにし、脇差で射手の喉笛をかき斬ろうとする。


 当然、射手は激しく抵抗した。

 残っている方の手で源九郎の腕をつかんで刃が自身の喉に迫るのをなんとか防ごうとし、手首から先がない方の腕で何度も肘を打ちつけて来る。


 源九郎は自身の腹筋に力を入れ、射手の猛烈な肘打ちに耐えた。

 そして相手の身体を抑えていた左腕をのばし、脇差の峰をつかんで、力をこめる。


 脇差の冷たい刃が、野盗の首筋に触れる。

 その感触に野盗は悲鳴をあげた。


 源九郎はその野盗の悲鳴を聞かぬふりをしながら、喉笛に押し当てた脇差を横にすべらせていく。


 肉を切り裂く感触。

 野盗の身体からほとばしった暖かな血が、ぬるり、と源九郎の手にまとわりついて来る。


 そうして、源九郎の腕に抱かれながら、その野盗は命を失って行った。


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 源九郎が手を離すと、すでに息絶えた野盗の射手は、ドサリ、とその場に崩れ落ちる。


 彼がいったい、どんな表情で息絶えたのか。

 遺体がうつぶせになっているために見ることはできなかったが、源九郎はそれを確かめたいとは思えなかった。


 自身の手にまとわりついた、暖かな血の感触。

 野盗が、つい数秒前まで生きていたのだというあかし


 人を、殺した。

 自分が、命を奪った。


 その実感に、源九郎は悲鳴をあげ、泣きわめきたい衝動に駆られていた。


 自分は、立花 源九郎に。

 自身の刀ですべてを斬り開く、正義のサムライになりたい。


 そう思って、これまで懸命に努力して来た。

 もしそうなれるのなら、それ以外の何もいらないと、そう思って来た。


 だが、実際に人を[斬る]ということは、どういうことなのか。

 そのことを、源九郎はこれまで理解できていなかった。


 恐ろしい。

 心の底から、そう思う。


 たとえそれが悪であったとはいえ、源九郎はすでに10人の人間の命を奪っていた。


 地面に転がっている、野盗たちのむくろ

 彼らはもう、息を吹き返さない。

 2度と起き上がらない。


 決して、取り返しのつかないことをした。

 その事実を思うと、源九郎は、自身の身体の中が突然なにもない空虚な空間になってしまったかのような、寒さを感じる。


 だが、源九郎は血で染まった自身の手を握りしめると、その視線を、野盗の遺体から、キープへと向けていた。

 おそらくは野盗たちの頭領と、そして、フィーナがいるはずの場所に。


 自分が、野盗たちを斬った理由。

 自ら殺人者となっても果たしたいと願うこと。


 それを果たすためには、源九郎は立ち止まることはできない。

 立ち止まろうとも思わない。


 この世界に、救いの神はいない。

 神は確かに存在しているが、それは傍観者に過ぎず、その絶対的な力で人々を救うことはない。


 今、フィーナを救うことができるかもしれないのは、源九郎しかいないのだ。


(後、何人だろうと……、斬る)


 自身の刀で正義を成し、運命を斬り開くとは、こういうことだったのだ。

 そのなまなましい実感を全身で受け止めながら、源九郎は右手に握りしめた脇差の刀身の峰を左腕の肘の辺りに押しつけ、そして、自身の腕と二の腕で挟み込んだ。


 源九郎がゆっくりと脇差を横に動かすと、べったりとまとわりついた血糊ちのりがぬぐわれて行き、怜悧れいりな、命を奪うために鍛えられ、研ぎ澄まされた刃があらわになる。


 そうして準備を整えた源九郎は、血と汗と土にまみれた顔に、殺人者となった凄絶な表情を浮かべながら、生き残った野盗たちを斬り捨て、そしてフィーナを救うために歩き出した。

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