・1-56 第71話 「2人の射手:1」

※作者注

 本話も、流血シーンがあります


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 源九郎は刀を引き抜くと、それから地面に落ちていた盾を拾い上げ、こちらを見おろしながら固まっている射手たちに視線を向ける。


 源九郎が兜ごと野盗の頭部を叩き割った。

 その腕前を見せつけられて呆然としていた野盗の射手たちは、源九郎から視線を向けられたことでハッと我に返ると、矢をつがえる途中で止まっていた腕を再び動かし始める。


 射手たちが矢を放つよりも早く、源九郎は倒した野盗から奪った盾をかまえながら走り出していた。

 そして城壁の上へと、射手たちがいる場所へと向かう階段を、一足飛びに駆けあがる。


 射手たちは自分たちに向かって来る源九郎の鬼気迫る表情を目にして、動揺した。

 1人が矢を放ったがその狙いはこれまでのような正確さを欠き、あさっての方向へ飛んでいき、もう1人が放った矢も盾で防がれる。


 距離が詰まり、射手たちは接近戦に対応するために慌てて武器を弓から腰の短剣へと持ち替えようとする。

 だが、間に合わない。


「ドリャァッ!! 」


 気合の雄叫びと共に、源九郎は射手の内の1人に、盾を自身の身体によせてかまえたまま体当たりを食らわせていた。


 相手は弓兵で、先ほど倒した重装備の野盗ほどには防具が充実していない。

 身に着けている鎧は弓を引きやすい軽装であり、有効打を与えることのできる開口部も多い。


 しかし、源九郎はそもそも、なんの防具も装備していないのだ。

 一撃でもまともに食らえばそれでお終いという状況では、2対1という戦いはできる限り避けなければならない。


 自身の体重と走って来た勢いをぶつけて射手を弾き飛ばし、一時的に1対1の状況を源九郎が作り出した時、もう1人の射手は短剣を抜き終えていた。


 場数を踏んだ、ベテランの戦士の動きだ。

 動揺していても長年の経験が彼に自然に剣をかまえさせ、そして目の前にいる敵に向かって振るわせる。


 短剣は源九郎の刀よりもリーチで劣る武器だったが、しかし、兵力を配置できるように台を作られているとはいえ決して広くはない城壁の上で使う分には便利だった。

 しかも小さくて軽い分、振りも速い。


 源九郎は射手の短剣を、少しずつ後ろに下がりながらかわした。

 短剣が空気を切り裂く、ピッ、ピッ、という小気味よい音が目の前を何度も掠めていく。


 せっかく奪った盾だったが、使わない。

 [サムライ]としての修業に明け暮れていた源九郎は盾の使い方には習熟していなかったし、盾で相手の攻撃を防いでしまうと視界が遮られ、相手の動きを観察できなくなってしまうからだ。


 源九郎は急がなければならなかった。

 捕らわれているフィーナの身に危険が及ぶ前に射手たちを倒し、キープに乗り込まなければならないのだ。


 だから、盾で受けて防御に回るよりも、相手の動きを見極めて隙を見出すことに集中する。


(見えた! )


 そして源九郎は、その隙を見つけた。

 射手は短剣を使った剣術にもよく習熟しており、その剣さばきには鋭さがあったが、何度も同じ動きをしている。

 パターンがあるのだ。


 それはおそらく、その射手がなんらかの剣術の流派を習得しているためにできたパターンなのだろう。

 熱心に剣術の修業に励んだからこそできてしまった[隙]だった。


 源九郎は、射手が新たなパターンに入った瞬間を狙って、刀を振るう。

 射手が振るう短剣の腹を刀で強打して打ち払い、その反動も利用して素早く横なぎに、急所である喉笛を狙って振り抜く。


(……鈍い! )


 手ごたえは感じられたが、しかし、源九郎は鋭く双眸そうぼうを細めてしかめっ面を浮かべていた。

 刀は確かに射手の喉笛を切り裂いていたが、その感触に違和感がある。


 その原因は、明白。

 直前に、兜割という大技を使っているせいだ。


 刀で兜は確かに斬れる。

 歴史上、兜割を実践した者は現実に存在していたし、源九郎もまた、自分自身の手でそれを成し遂げた。


 だが、鋼でできた兜と頭蓋を同時に叩き斬ったのだから、それを行った側にも相応のダメージが入っている。

 おそらく、源九郎の刀の切っ先は激しく刃こぼれをしており、切れ味が鈍っているのだろう。


 しかし、喉笛を斬られたことは致命傷には違いなかった。

 痛みで短剣を取りこぼした射手は、死への恐怖を浮かべ、両手で切り口を抑えながら、城壁の上から落下する。

 受け身もなにもとらずにその身体がドサリと落ちたところを見ると、落下している途中で絶命したのだろう。


 源九郎はその射手の死をそれ以上は確かめなかった。

 目の前にはまだ、もう1人の野盗の射手が残っているからだ。


 源九郎に弾き飛ばされて仰向けに倒れこんでいたその射手だったが、すでに立ち上がって短剣をかまえ終えていた。

 すでに他の仲間たちはみなやられてしまい、残すところは自分1人になってしまったことに彼は気がついている様子で、その表情には恐れが見える。

 しかし、彼は源九郎と戦うつもりで、決して逃げ出そうとはしなかった。


 3メートルほどの距離で、源九郎とその射手は睨み合う。


「ォラァッ! 」


 先に動いたのは、フィーナを救うためには時間をかけていられない源九郎だった。

 彼は雄叫びをあげると盾を射手に向かって投げつけ、その間に一気に間合いを詰めていた。


 自身の顔面に向かって投げつけられた盾を、射手は短剣を握っていない方の手で跳ねのける。

 しかし、盾でふさがれていた視界が開けた瞬間にはもう、源九郎がその刀の間合いにまで飛び込んで来ていた。


 最初の切込みは、かろうじて短剣で受けることができた。

 しかし、源九郎が両手を使い、渾身こんしんの力で振り下ろした刀を、片手だけで使う短剣で完全に受けることは難しい。


 両手と、片手。

 単純に力で押し負けてしまうのだ。


 射手の短剣を叩き落とした源九郎は、その反動を利用して刀を跳ね上げるとそのまま、野盗の首筋めがけて刀を振り下ろしていた。

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