・1-40 第55話 「目覚め」

 源九郎は、深い眠りの中にあった。

 酒に盛られていた薬の効果は強いもので、サシャの背中に乗せられている間も、村人たちに担がれて洞窟どうくつの奥へと運ばれていく間も、少しも目覚めることはなかった。


 だが、夜が明けると、ようやく薬の効果も切れてきた。


(な……、なん……か、騒がし……い? )


 かすかに覚醒し始めた意識の中で、源九郎は人々のざわめく声を聞いていた。


「お、おい、みんな! 大変だっぺ! 村が、オラたちの村がっ! 」

「火事だッ、村が燃えてんぞっ! 」


 少し離れたところから悲鳴のような声が聞こえ、その声に呼応して、人々の間に動揺する声が広がっていく。


(か……、じ……?

 村、が……、燃えて、いる? )


 徐々に目覚めつつある源九郎の思考は、段々と形を持ち始める。


 自分は、いったいどうしていたのだろうか。

 確か、異世界に転生して……、旅を始めて。

 村娘の、フィーナを救って。

 そして、彼女の村で歓迎されて……。


「……そうだっ!

 野盗たちは!?

 長老さんはっ!? 」


 酒に盛られた薬によって昏倒してしまったことを思い出した源九郎は、カッ、っと両目を見開くと、勢いよくその場に起き上がった。


「うぐっ!? 」


 そしてそのまま天井に頭をぶつける。

 長老が自らの命と引き換えに残そうとした作物の種が入っている袋の上に源九郎が寝かされていた、というだけではなく、彼が180センチ以上の長身を持つ大男であるせいでぶつかったらしい。


 だが、頭をぶつけた衝撃と痛みのおかげで、源九郎の意識ははっきりとする。


 思わず閉じてしまっていた双眸そうぼうを再び開くと、辺りは薄暗い。

 そこは洞窟どうくつなので、出入り口からわずかに光が差し込んできているだけで、後はいくつか灯された蝋燭ろうそくの明かりがあるだけだ。


 それでも、なんとかそこには大勢の人々がいることが見て取れる。

 みな、フィーナの村の住人たちだった。


 目をこらしていると、少しずつ暗さに目が慣れて来る。

 洞窟どうくつに集まった村人たちは不安そうに肩を寄せ合い、落ち着かない様子でささやき合っている。


「野盗だ!

 野盗どもが、村に火を放ったんだ! 」


 村人たちの動揺は、唯一の入り口がある方から聞こえてきたその声で一層強くなった。

 そして、座り込んでじっとしていた者たちの家で男性を中心に次々と立ち上がり、外の様子を確かめようと入り口に向かっていく。


(長老さん! )


 自分の命と引き換えに野盗たちから譲歩を引き出し、村を救おうとしていた老人。

 その存在を思い出した源九郎も、急いで洞窟どうくつの入口へと向かった。


 入り口は狭いから村人たちで渋滞している。

 半ば押し合いになりながらもなんとか外に出ると、まだ朝の冷たい空気が全身を覆い、洞窟どうくつの中の空気が実はかなり澱んでいたのだということを気づかされる。


 だが、外の新鮮な空気を楽しんでいるような余裕などなかった。

 洞窟どうくつから這い出した村人たちは、次々と木にのぼっていく。

 そこは人目につかない森の中だったから、木の上にのぼらないと村の方はよく見えないのだ。


 源九郎も、木によじのぼっていく。

 木のぼりなどまだ小学生だったころにしたきりだったが、その頃よりずっと大きく、重くなった体で、木のでっぱりやくぼみを見つけ、上へ、上へと向かって行った。


 その木の上には、先客の村人が3人ほどもいた。

 どうやら最初に村の異変を伝えた村人たちであるらしい。


 いずれも、今いる村人たちの中では比較的若い、40代ほどの男性ばかりだったが、みな、村の方角を目にして騒然としている。


 源九郎も、急いで視線を向ける。

 すると、森の木々の波の向こうに、村の姿が見える。


 村は、燃えていた。

 家々の屋根はすでに崩れ落ち始め、そこから炎が立ち上り、吹きあがった濃い煙が幾筋も束になって天へと向かっていく。


「オラたちの村が……、なくなっちまう……」


 村人の1人が力なくそう呟き、気落ちしたように枝の上にうずくまった。


 自分の家も、何もかもが燃え落ちようとしているのだから、そうなってしまうのも当然だろう。

 これまで生きてきた場所が、思い出が、生活の基盤が、炎によってなめつくされ、灰になっていくのを見せつけられているのだ。


「長老様も、野盗どもにやられちまったんだべか……? 」


 別の村人が放ったその一言で、源九郎は我に返る。

 余りの出来事に自分も呆然としてしまっていたが、あの燃え盛る村の中には長老がいるかもしれなかった。


 野盗が村に火を放ったということは、長老との話し合いは不成立に終わったのに違いない。

 だからといって村に火を放つなど、あまりにも理不尽な蛮行としか言いようがなかったが、しかし、そんなことをする野盗たちが相手だからこそ、長老の安否が心配だった。


「くそっ!

 長老さんっ! 」


 源九郎はそう叫ぶと、焦燥感に駆られるまま、木から急いで降りる。

 そして地に足がつくのと同時に、村のある方角に向かって駆け出していた。


 あの燃え盛る炎の中で、自分にいったい、何ほどのことができるのだというのだろう。

 そんな疑念が頭をよぎったが、源九郎はそれを振り払い、一心不乱に走った。


 走らずには、いられない。


 なぜ、こんなことになってしまったのか。

 どうして長老は、源九郎に力を借りることを受け入れてくれなかったのか。


 様々な後悔が浮かんでは、源九郎の足を急き立てていた。

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