・1-36 第51話 「朝:2」

 野盗たちが近づいてくる。

 そのことに気づいた長老は、しかし、特になんの反応も示さなかった。


 すでに、野盗たちによって殺される覚悟はできている。

 今さら野盗たちが向かって来たくらいのことでは、動揺するはずもない。


 長老はただ、最後に自身の村の光景を脳裏に焼きつけるように見渡すと、野盗たちがやってくる方角へ向き直り、杖を頼りにしながら立ち、村にとっての災厄の元凶たちが姿をあらわすのを待った。


 やがて、野盗たちの姿が目視できる。


 人数は、7人。

 頭領と、その左右を守る比較的装備の整った2人に、下っ端らしい粗末な装備の野盗が4人。

 全員が騎乗している。

 どうやら野盗たちは、自分たちの拠点に最低限の人数だけを残し、村の作物の種をすべて奪い去るべく人数を増やしてやって来たらしい。


 長老は、野盗たちが乗っている馬の内の何頭かに見覚えがあった。

 野盗たちは野生の馬を捕まえたり、どこかの戦場で主を失ったりした馬を見つけて来て乗り回しているが、この村から奪った馬にも乗っているからだ。


 あの馬さえいれば、畑をもっと良い状態にできたのに。

 悔しさから、杖をつかむ手に思わず力がこもった。


 野盗たちの方からも、長老の姿は見えているはずだった。

 だが、彼らは少しもペースをあげることなく、ゆっくりと近づいてくる。


 まるで、この村の支配者が誰であるのかを誇示するように。

 自分たちに逆らえる者がいるものかと、そう主張するように。


 野盗たちは、おごり高ぶっていた。


 なぜなら、彼らは武器を持っているから。

 村人たちが歯向かってこようとも、簡単に何人も殺傷できてしまうだけの、一方的な力を持っているから。


 村人たちを自分たちに都合のいい相手と見なし、嘲笑あざわらっているのだ。


 長老はただ、屈辱くつじょくに耐えるしかなかった。

 どんなに気に入らない相手であろうとも、長老は彼らに逆らうことはできない。

 村人たちを誰も傷つけずに守るためには、そうせざるを得ないのだ。


 野盗たちはじっと悔しさに耐えている長老から、5メートルほどの距離まで来ると立ち止まった。

 そしてその中から、頭領が進み出て来る。


村長むらおさ

 村にあった種は、これで、本当に全部か? 」


「ああ、アンタたちに渡す分は、これで全部だ! 」


 頭領からの問いかけに、長老は憤りの混じった声で返答する。

 しかし頭領はその言葉を聞くと、ピクリ、と不快そうに頬を動かし、次いで、怒鳴った。


「ウソを、つくな! 」


 長老はその大声を耳にしても動じることなく、険しい表情で頭領のことを見つめ返している。

 これから長老には、野盗たちと交渉し、村の存続のために種を残さなければならないという役割がある。

 それを果たすためには、この程度で引き下がるわけにはいかなかった。


村長むらおさ、貴様!

 この私が、なにも知らないとでも思っているのか!?


 この村の、大きさ。

 お前たちが耕している畑の広さ!


 それを考えれば、種はもっとたくさんあるはずだ!


 これでは、我らが要求した、半分程度しかないではないか!? 」


「ああ、そうだ、アンタ様の言うとおりだ!


 ここにあんのは、村にあった種の、半分しかねぇ! 」


 頭領の威圧的な声に負けじと、長老も声を張りあげる。


「全部の種を渡しちまったら、この村は滅びちまう!

 そんなことは、絶対ぜってぇにさせらんねぇ!


 だから、アンタたちに渡せんのは、これだけだ! 」


村長むらおさ、貴様ッ! 」


 頭領は、長老の言葉に怒った。

 額に青筋を立て、そして、自身の腰に差した長剣ロングソードの柄に手をかけえる。

 その頭領の仕草に、他の野盗たちも一斉に自身の武器へと手をのばした。


「我らは、すべて差し出せと命じた!

 それに背けば、村は終わりだともな!


 それが冗談だと思うのなら、今から貴様の目に本気だと見せてやる! 」


「生憎だが、他の村のもんは全員、隠れさせとるだよ。

 今この村には、オラと、アンタたちしかおらん」


 殺す、と脅されても、長老は落ち着いていた。

 村を守るためにできる手配はすでにすべて行ってあるからだ。


「残りの半分の種も、隠させてもらっただ。

 この村の命、アンタたちには渡すことはできねぇ! 」


「貴様……っ! 」


 野盗の頭領は、長老のことを険しい表情で睨みつけながら剣を抜いた。

 そしてその剣の切っ先を、長老に向かって突きだす。


「要求を飲まないというのなら、この場で村長むらおさ、貴様を斬り捨てる! 」


「かまわんよ、それで」


 野盗たちはそれぞれの武器を手にし、いつでも長老を殺すことができる。

 しかし長老はまったく動じることなく、目元を隠すほど長い眉毛の奥からまっすぐに頭領のことを見つめながら、自ら近づいていく。

 そして長老は、いつでも頭領の剣が届くほどの距離にまで近づくと、静かな口調で言った。


「オラを斬るというのなら、どうぞ、斬ってくんろ。


 その代わり、おねげぇだ。

 ここに用意した種だけで勘弁して、オラたちの村から出て行ってくんろ。


 もし、それでも満足できねぇっていうんなら……。

 残った村のもんはみんな、アンタたちと戦うぞ!


 たとえ、アンタたちに皆殺しにされるんだとしても。

オラたちは、黙って言いなりになんか、ならねぇっ! 」


「いい度胸だ……、ジジイ! 」


 頭領は、怒りでわなわなと震えている。

 そしてその怒りに任せて長老の命を奪うべく、その剣を高く振り上げる。


 空に昇り始めた朝日。

 その光を反射して、研ぎ澄まされた剣の刃が鈍く、そして赤く、怪しく剣呑に、輝いていた。

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