第110話 ヒーロー


「見張りは何をしていたのだ! 男一匹に逃げられるとは使えないにもほどがあるぞ!」


「……あとでしかるべき処罰をするとしましょう。ですがある意味良かったかもしれませんね。これで地下牢から連れてくる手間が省けました」


「むっ、確かにそう言えなくもないか」


「くそっ……」


 絶体絶命というやつである。この部屋には窓もないし、入り口にはアグリーとランコット、そしてこいつらの手下が10人以上……


 そして俺の頼みの綱である障壁魔法は……


「障壁、障壁、障壁!」


「おい」


「……開錠アンロック


「くっ……」


 三重に張った俺の障壁魔法が一瞬にして消失していった。どうやら盗賊王というジョブの開錠魔法は障壁魔法の天敵らしい。


 さすがにこの状況では茶髪の女の子も俺をかばう気はないようだ。


「障壁!」


「ふっふっふ、無駄だ。次に障壁を消した瞬間に止めを刺してやれ! 苦しみを与えることができなかったのは残念だったが、これで貴様も終わりだ!」


「「「はっ!」」」

 

「……っ。開錠アンロック


 障壁魔法が消された瞬間に一斉に飛びかかてっきたアグリーの手下達。


 あっ、これは死んだな……


 なんだか周囲の景色が少しだけ遅く、そして今まさに殺されることが冷静に他人事のように感じられてきた。もちろん何か新しい能力に目覚めたとかではなく、これが走馬灯というやつなのだろう。


 ああ……こんな世界にやって来て、こんな場所で死んでしまうのか……


 せめて童貞は卒業してから死にたかったな……




 ドゴオオオオンッ


「ソーマ!」


「なんだとっ!?」


 迫りくる凶刃を前に死を覚悟したその瞬間、後ろから突如轟音が鳴り響き、俺の目の前に真っ赤なショートカットの髪の人影が現れた。


「フェリス!」


 フェリスの大きな盾がアグリーの手下達の攻撃をすべて防ぎ切った。


「へへ……ギリギリだけど間に合ったようだな!」


「ウインドカッター!」


「はあ!」


「ちっ!」


「くっ!?」


「フロラ、エルミー!」


 さらに後ろからはフロラの風魔法とエルミーの高速の剣撃によりフェリスに迫っていたアグリーの手下どもを退けた。


 完全に逃げ場のない部屋だと思っていたが、俺の後ろの部屋の壁には大きな穴が開いていた。どうやら部屋の壁を無理やりぶち破ってきたらしい。


「ソーマ、生きてる!」


「ソーマ、無事だったか!」


「ああ、大丈夫だよ! おかげで怪我ひとつ……って、フェリス、エルミー!? その怪我!」


 死を覚悟したと思ったあとにエルミー達の顔が見られて、少しだけ落ち着き冷静にみんなを見ると、フェリスとエルミーが血だらけになっていた。よく見れば2人の防具もボロボロで、結構な量の血がこびりついている。


 さすがに後衛であるフロラに大きな怪我はなさそうだが、それでもかなり疲弊しているように思えた。


「ちょっとここに来るまでに無理をしちまったからな。それよりもソーマが無事で何よりだぜ!」


「思ったよりも相手が手練れだったんだ。ソーマ、回復魔法を頼む。フェリスのやつは毒もくらっているのに無茶して突っ込んでいたからな」


「みんな……ヒール、キュア!」


 急いで回復魔法と解毒魔法をみんなにかける。


 みんなこんなにボロボロになってまで、俺のことを助けに来てくれたんだ……


 漫画やアニメでありきたりの展開だが、盗賊達や悪党達に殺されそうになったヒロインが、ギリギリのところで主人公に助けられた時の気持ちが、ものすごくよく分かった。


 自らを省みずに命がけで自分を助けに来てくれるヒーロー……こんなの惚れるなというほうが無理に決まっている! 今めっちゃ胸がキュンキュンしているもん!


 命を助けらたからといって、すぐに惚れるなんてちょろインじゃんとか思っていたのは撤回する。俺は今最高にちょろインモードになってるわ!


「き、貴様ら……足止めもできんとは、まったく使えんやつらだ!」


「まさか、アグリー様の屋敷の壁をぶち破ってくるとは……」


 突然の出来事にあっけにとられていたアグリーとランコットがようやく我に返る。さすがにこの状況はあいつらも計算外だったようだ。


「アグリー、貴様はもう終わりだ! 大人しく降参しろ!」


 エルミーがアグリー達に対して悪党どもにテンプレの言葉を言うが、今のちょろイン状態の俺にはそれすらも格好良く見えてしまう。


「ふ、ふざけるな! 私がこんなところで終わるわけがあってたまるか! おい、相手はたった3人だ! こいつらごとソーマを殺せばあとでどうとでもなる!」


「そ、そうです! こいつらさえ口を封じてしまえばいいのです! いくら強いとはいえ相手はたった3人、精鋭のあなた達ならばこんな相手……」


「3人? 誰が私達3人だけだと言った?」


「なに!」


「はあ……はあ……まったく、勝手に先走りおって……」


「ソーマ様! ご無事でしたか!」


「ターリアさん! ティアさん!」


 冒険者ギルドマスターのターリアさんとAランク冒険者のティアさんだ!


「ソーマさん、ご無事で何よりです!」


「よかった、他の皆さんもご無事ですね!」


「ルネスさん! ジェロムさん!」


 その後ろからはティアさんと同じパーティの男性冒険者のルネスさんとジェロムさんまで来てくれている。


「まったく……ソーマ殿の場所が分かった途端に無茶して3人だけで勝手に進みおって……」


「わりいな! だけどおかげでギリギリ間に合ったぜ!」


 どうやら何らかのジョブか魔法の力で俺の居場所がわかったらしく、エルミー達だけ先に突き進んできたらしい。


「馬鹿な!? なぜ冒険者ギルドマスターにAランク冒険者パーティである紅の戦斧まで……」


「我々だけではないさ。貴様の屋敷の周りにはこの街でソーマ様に恩がある冒険者や街の者が大勢集まっているよ」

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