第94話 ただいま


「あとは王都からアニックの街へ戻る際にゴブリンの巣を発見し、殲滅して2名の男性を保護した。その詳細についてだが……」




「……報告は以上だ。巣にいたゴブリンはすべて殲滅したと思うが、念のため調査を出しておいたほうがいいかもしれないな」


 エルミーがこの街に帰還する際にゴブリンの巣を殲滅したことを説明した。


「ふむ、助けられた男性は本当に運が良かったようだね。ゴブリンやオーク共に捕らえられた男性は時間が経てば経つほど肉体的に助かったとしても、精神的に助からないことが非常に多い。ソーマ殿がいてくれたのは不幸中の幸いだろう」


 ……確かにあの惨状を見れば、2人が精神的に相当なダメージを負ったのは見て取れた。2人だけでも助けられて良かったと思うしかない。


「こちらが護衛の女性2人の冒険者カードだ。遺品も回収してあるから遺族がいるならば渡してほしい。それと彼女達を弔った場所も伝えておいてくれないか?」


「ああ、確認しておくよ。……王都のCランク冒険者のようだ。数体ほどであれば問題なかっただろうけど、それだけの数では多勢に無勢だっただろうね。運が悪かったよ……」


 冒険者カードにはそういった情報を確認するためにも使えるらしい。


 たったひとつの不運で簡単に命を落としてしまう世界であるということを嫌でも意識してしまう。俺も回復魔法が使えるとはいえ、この世界では力の弱いひとりの男だ。そのことだけは決して忘れてはいけない。


「こちらからの報告は以上です」


「了解したよ。ソーマ殿、こちらからの報告になります。まずはソーマ殿が不在だった際に訪れてきた重傷者につきましてですが、事前に用意していただきました例のポーションによって、その全員を治療することができました」


「おお、それは良かったです!」


 俺が王都に出かけている間は治療所での治療ができないため、例のポーションを預けておいた。俺がこの街に戻ってくるまでもたない患者には、迷わず使ってもらうようにターリアさんにお願いしておいたのだが、正解だったらしい。


「治療費については普通の治療費と同じで、もしもこのことを他の者に話せば、重大な罰則を与えるということも伝えております」


 あんまり脅すようなことはしたくないのだが、このポーションのことを発表するためには順序というものがあるからな。申し訳ないのだが、秘密にしてもらわなければならない。


「緊急性がない怪我につきましては、ソーマ殿が街に戻るまで待ってもらっております。明日は普段よりも治療を求める患者が多くなるかと思われます」


「はい、わかりました」


 俺が街から離れている間に亡くなってしまった人がいなくて本当に良かったよ。さすがに俺が王都に出かけている間に人が亡くなってしまったら、少し考えるものがあるからな。


「……他にもこちらから報告するのことはあるのですが、さすがに今日はもうお疲れでしょう。残りは明日ご報告いたします」


「そうですね、急ぎの件がなければ明日でお願いしたいです」


 外を見るともう日が暮れ始めていた。さすがに帰路もいろいろとあってだいぶ疲れている。


 ここに来るまではまた襲撃があるのでは、とだいぶ気を張っていたこともあって、精神的にも肉体的にも今日はヘトヘトだ。可能ならばまた明日にお願いしたい。


「もちろんでございます。それでは明日は昼頃から治療所での治療をお願いいたします」


「わかりました」


 普段の俺の治療の開始時間はだいたい朝の9時くらいだが、明日はお昼ごろでいいらしい。ターリアさんも気を使ってくれたのだろう。




「おお、ソーマさん、お帰りなさい!」


「ソーマ様、王都から無事に帰られたのですね! 本当に良かったです!」


「お帰りなさいませ! 安心しました、王都に行ってそのまま帰ってこないかと思いましたよ!」


 アニックの街の門番の人や、街中で会ったみんなから温かい言葉をもらった。


 この街にやって来てからまだそれほど時間が経ったわけではないのに、みんなからお帰りなさいという言葉を聞く度に、この街に帰ってきたという実感が少しずつ湧いてくる。


「いや~本当に街へ帰ってきたって感じがするね!」


「ああ、みなもソーマが帰ってきてくれて本当に嬉しかったのだろうな」


「おう、なんだか俺達まで嬉しくなっちまうな!」


「みんなの気持ちも分かる」


 そして屋台で簡単な晩ご飯を買って、いつもお世話になっている蒼き久遠のパーティハウスへと帰ってきた。


「ふう~ここまで来たらもう安心だな」


「ああ、フロラの魔法で侵入する者がいればすぐにわかるし、私やフェリスもここなら気配で侵入者を察知できるからな!」


「安心安全!」


 ここなら野営した時のように敵が闇ギルドの連中やモンスターが襲ってくる心配もない。今日は安心してぐっすりと眠れそうだ。


「ふう、今回はなかなか長い旅だったな。ただいま」


「今日はぐっすりと眠れそうだぜ! ただいま」


「疲れた……ただいま」


 みんなが疲れを口にしながら、順番にパーティハウスへと入っていく。


「どうしたソーマ、早く家に入ったらどうだ?」


「うん! ただいま!」


 そうだ、この街はもう俺の帰ってくる場所になっている。


 そしてここはもう俺の帰ってくる家なんだな。

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