第84話 メスゴブリン


「味噌というのはアニックの街では見たことありませんでしたが、ソーマ様の故郷ではよく食べるのですか?」


「はい、イレイさん。俺の故郷だと、毎朝この味噌汁というスープを飲んでいました」


 他にも王都の市場では海藻を乾燥させた昆布のようなものも売っていた。残念ながら魚を乾燥させた鰹節のようなものはなかったが、それでも昆布のようなものがあったのはありがたい。


 この味噌汁はこの昆布もどきで出汁をとって、そこにネギと野菜を入れたものだ。本当ならば豆腐もほしかったところだけどな。昆布もどきの出汁と味噌で作った味噌汁だが、それでも俺にとっては十分に懐かしい味だ。


「こっちの野菜炒めもうめえな! この少しついている甘しょっぱい味がなかなかいけるぞ」


「こっちの野菜炒めにも味噌を使っているんですよ、ポーラさん」


 野菜炒めのほうは切った肉と野菜を炒めて、魚醤と砂糖と味噌を合わせた甘味噌ダレで味付けしてある。みんな王都での濃い味に慣れてしまっているから、味付けは少し控えめにして作ってみた。


「こっちのパスタもの味付けもとても美味しいよ」


「ティア様、それもソーマ様が味噌を使って作ってくれた味付けなんですよ!」


 茹でたパスタにジェロムさんの故郷の味付けに追加で味噌を入れてみた。もともとひき肉を使っていたので、その味付けに味噌を加えてみたら、これがまたパスタによく合うのだ。そぼろ肉と味噌ってよく合うものな。


「うん、高級宿の料理も美味しかったが、やはりソーマの料理は美味しいぞ!」


「ああ、うまいだけじゃなくて、他の場所では食えない料理ばかりだしな!」


「ソーマは良い婿になる」


「そう言ってくれると俺も嬉しいよ」


 どうやらみんなも味噌を美味しく感じてくれるようでなによりだ。特にエルミー達はパーティハウスで味噌を使った料理も出したいからな。……フロラの言葉も褒め言葉として受け取っておこう。


 この味噌も昆布もどきも十分な量を購入しておいたからな。これを買った商店もずっと王都で店を開いているらしいから、また王都に来た時は寄ってみるとしよう。それに王都ではいろんな香辛料や調味料を扱っているらしいから、何か新しい商品が出てないかもチェックしないとな。






 ◆  ◇  ◆


「ふあ〜あ、よく眠れ……てはないんだけどね」


 王都で泊まっていた高級宿のあの柔らかいベッドに慣れてしまったからではなく、アニックの村から王都へ向かう時は初日の夜に襲撃を受けたから、今回も襲撃があるのではないかと心配だったのだ。


 もちろん見張りをしてくれているみんなを信じてはいるが、単に俺がビビりなだけだ。回復魔法や障壁魔法を使えても、俺が臆病なことは変わりない。……本当に威張れることじゃないな。


 テントから出ると、ちょうどみんな起き始めたところのようで、テントから出てきている。どうやら昨日の夜に襲撃はなかったようだ。




 朝食を食べてからアニックの街へ向けて出発する。午前中は何事もなく進んでいき、休憩を挟みながら今日の野営をする場所へと順調に進んでいく。そして平原の切れ目が見えて、山道へと差し掛かった。今日の道のりでは小さな山を越えなければならない。


「ヒヒーン!」


「うわっ!?」


 山道を進んでいると、馬車を引く馬が急に声を上げ、馬車が大きく揺れた。


「敵襲! ゴブリンだ!」


 御者のポーラさんの叫ぶ声が聞こえたと思ったら、いつの間にか馬車からエルミーとフロラの姿が消えており、フェリスだけは盾を持って俺の隣に移動していた。


 さすが高ランク冒険者のエルミー達だ。今の一瞬だけで、すでに臨戦態勢になっている。


「ゲギャギャ!」


「グギャア〜!」


 馬車の外ではゴブリンとの戦闘音が聞こえてくる。どうやら1匹や2匹ではすまないようだ。




「よし、もう出てきても大丈夫だぞ」


「もう安心」


 しばらく戦闘音とゴブリン達の悲鳴が聞こえたあと、エルミーとフロラの声が聞こえたので、馬車の外に出る。


「みんな大丈夫! 怪我とかはない?」


「ああ、問題ないぞ。数が多かったとはいえ、ゴブリンだったからな」


「こっちも問題ないですよ」


 馬車の外はなかなか悲惨な光景だった。襲ってきたゴブリン達は5〜6匹おり、俺達の前を走っていたティアさん達の馬車も襲われたらしく、合わせて10匹近くのゴブリンの死体が散乱していた。


 濃い緑色の肌にずんぐりとした体型。鼻は平たく耳は尖り、醜悪な顔立ちをしている。まさにファンタジーものに出てくるゴブリンだ。唯一違う点があるとすれば、ここにあるゴブリンの死体には胸があるメスゴブリンということだ。


「うっぷ……」


 目の前のゴブリンの死体もそうだが、それよりもゴブリン達の血と臓物の異臭に吐き気が込み上げてくる。


「ソーマ、大丈夫か?」


「ちょっとだけ待ってて………………うん、もう大丈夫」


 ゴブリンの死体から離れて、少しだけ息を整える。魔物の血や臓物はこんなにも臭うものなんだな。


 そもそもこの世界にやってきてから、まともに街の外に出ていないので、最初に遭遇したスライムやアニックの街から王都に来る時に一度だけ遭遇したイノシシ型の魔物くらいしか見たことがなかった。


「ティア、どう見る?」


「森の中にこれだけのメスゴブリンの群れ……おそらく近くにゴブリンの巣があるだろうね」


「ああ、私も同意見だ」

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