第82話 アニックの街へ


「ソーマ殿、この度はとてもお世話になった。またいつでも王都へ来てほしい」


「ソーマ様、デーヴァ様から見送りに行けずに申し訳ない、本当に感謝しております、との伝言を承っております」


「こちらこそ、みなさんには本当にお世話になりました。また王都に来た時はよろしくお願いします。デーヴァさんには無理をせず、ゆっくりと身体を治してくださいとお伝えください」


 国王様と護衛のジャニーさんが、わざわざ王都の入り口の門まで見送りに来てくれた。まさか国王様自らが見送りに来てくれるとは思わなかったな。


 予定よりも長い間王都に滞在していたが、ようやく王都を出発してアニックの街へと帰還する。いろいろとあったが、王都での出来事も良い経験を積めたし、なによりリカバーの魔法を使えるようにもなった。定期的に王都に来ることも約束したし、また王都に来るとしよう。


「そういえばカロリーヌさんは来られていないのですね」


 そう、昨日王都を一緒に回ってもらった最後に告白……というよりもプロポーズに近い言葉をもらったあと、カロリーヌさんはこちらが話す前に走り去ってしまった。そして現在、見送りにカロリーヌさんの姿はなかった。


「うむ、そのことについてなのだが、昨日突然ソーマ殿の妻となりたいと余や我が夫に宣言をして、習い事や国の業務に関わることを熱心に学び始めてな……」


「………………」


「正直なところ、余もソーマ殿とカロリーヌに結婚してもらいたいとは思っていたが、まさかカロリーヌがあれほどソーマ殿に好意を持つとは思ってもいなかったことだ。


 誓って言うが、娘がこれほどひとりの男性に固執するのは初めてのことである。第二王女であるがゆえに、貴族や有力者の男性に接する機会は多いのだが、まったくと言って良いほど反応を示さなかったというのにな。いったいソーマ殿が娘に何をしたのか気になるところではあるが……」


「いえ、別に何もしていませんよ! 王都を案内してもらって買い物をしたあとに孤児院へ寄付をしにいっただけです」


 別にやましいことなどしていないぞ。というより護衛もいる中で、やましいことなんてできるわけがない!


「うむ、護衛の者からもそのように聞いている。何分、娘はソーマ殿のような男性に出会うのは初めてのことであるからな」


 なるほど、カロリーヌさんは王族だし、貴族や有力者の男性にしか会ったことがない状態で、俺みたいな変わった男に出会ったのが新鮮だったのかもしれない。……ひな鳥の刷り込みのような感じかな。


「まあ余としてもカロリーヌとソーマ殿がくっついてくれれば何よりだし、たとえそれが叶わぬとも、カロリーヌがやる気を出してくれるのはありがたいことである。あの子も女にしては変わった性格だが、非常に優秀な娘であるからな。ソーマ殿も少しでも検討してくれればありがたいと思う」


「……さすがにカロリーヌさんと出会ってまだ2日しか経ってないですから、今のところはなんとも言えないです」


「完全に脈がないわけではなさそうで、余としても少し安心したぞ」


 さすがにカロリーヌさんと出会ってまだたったの2日だからな。いくらなんでもまだ結婚なんて意識できるわけがない。


 それにこっちの世界では高校生くらいの年齢で結婚するのは普通なのかもしれないが、元の世界からやってきた俺にとって結婚は早すぎるもんな……性格はとても好みではあるんだが。


「それではソーマ殿が王都にやってくる日を待っているぞ。それまでに例のポーションの検証や検証の結果を他国にも伝えることができるように進めておくつもりである」


「よろしくお願いします。といっても、またすぐに王都へ来るとは思いますけどね。それではいろいろとありがとうございました!」


「こちらこそ、ソーマ殿には本当に世話になった。何かあればすぐに王都まで連絡をしてくれ」


「ソーマ様、道中はお気をつけください」


 馬車に乗り、手を振りながら国王様とジャニーさんに別れを告げた。






「ソーマはカロリーヌ様と結婚する気?」


「いやいや! 何言ってるの、フロラ! カロリーヌさんと出会ってから、まだたったの2日だよ!」


 王都の街からアニックの街に向けてガタゴトと揺れながら進む馬車の中、フロラが唐突にそんなことを聞いてきた。帰りも行きと同じで、こちらの馬車には俺とエルミー達、もうひとつの馬車には御者のイレイさんとティアさん達が乗っている。


 カロリーヌさんも国王様も結婚とか簡単に言っていたけれど、出会ってすぐに結婚とかさすがにおかしいだろ。


 しかもカロリーヌさんは貴族の男以外とまともに話したのは俺が初めてで、ヒナの刷り込みみたいな状況に陥っている。しばらくして落ち着けば、まだ出会ってたったの2日だし、さすがに冷静な状況に戻ると思うんだけど……


「出会って2日だろうと、貴族や王族での結婚はよくあることだぞ。一度も会うことなく結婚をするなんてことも、稀にだがある話だ」


 エルミーも話に入ってきた。元の世界にも昔はお見合いみたいな風習もあったことだし、貴族や王族がいるこの世界では、政略結婚なんてことはよくある話なのかもしれない。


「……俺の世界では出会って2日で結婚なんてことはないから。それに結婚する平均年齢もまだまだ先だし、少なくとも今は結婚する気なんてないよ」


 道を走る馬車の中はかなりうるさいから大丈夫だとは思うが、まだ俺が異世界から来たことを教えていない御者のポーラさんには聞こえないように話す。


 カロリーヌさんが好きかどうかという問題ではなく、まだやらなければいけないこともいろいろあるし、この世界に完全に慣れたわけでもない。少なくとも今王族であるカロリーヌさんとの結婚なんて考えられない。


「そうか! ソーマの世界では出会ってすぐに結婚なんてことはないのだな!」


「あの姫さんも変わっていた女だったし、まだ結婚なんて早えよな!」


「無理に結婚する必要はない」


「………………」


 元の世界の女の子らしい性格で可愛い女性だな、と思ったことを言う必要はないな。

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