第64話 逃亡


 闇ギルドの連中を拘束したあと、数人を残して黒ずくめの女がひとりで逃げ出したという扉の先に進むと、登る階段があり、別の建物へと繋がっていた。


 しかし、そこの建物はすでにもぬけの殻となっており、追跡に長けた斥候をもってしても、その行方は分からなかった。


「くそっ! 黒ずくめの女の足取りはここまでのようです。子供達を利用し、洗脳を可能とする危険人物を逃してしまうとは……


 すぐに王都の門へ連絡をし、黒ずくめの女がこの街から逃げ出さないように検問をはります。騎士団の方々、すぐに応援を呼ぶよう伝えてください!」


「「「はい!」」」


 ローレイさんが冒険者ギルドの人達や騎士団の人に次々と指示を飛ばしていく。


「ソーマ様、のちほどできる限りの報酬はお支払い致します。どうかご助力いただけないでしょうか」


「はい、もちろんですよ! 俺にできることがあったら、なんでも言ってください」


「おお……他の街から参られたソーマ様のお手を煩わせてしまい、本当に申し訳なく思います!」


 俺としても人を洗脳できる悪人を、このまま逃すつもりはない。まだ闇ギルドの連中の洗脳も解いていないし、できる限りはみんなに協力していこうと思う。


「私達もソーマの護衛をしながらになるが、できる限り協力させてもらおう」


「我々も協力は惜しまないよ」


「蒼き久遠の皆さま、紅の戦斧の皆さま、本当に感謝いたします!」


 ローレイさんが頭を下げる。子供達を洗脳するようなやつをこのまま野放しにするわけにはいかない。俺も俺にできることをするとしよう。






――――――――――――――――――――――――


「くそっ! まだまだ研究するべきことはたくさんあったのに忌々しい!」


 苛立ちを抑えきれず、つい独り言が漏れてしまう。


 ここはある建物で、何かあった時のために私が用意しておいたアジトである。研究は主に闇ギルドのアジトで行っていたが、何かあった時のために研究資料の一部をここに持ってきておいたのは正解だったようだ。


「ちっ、そこそこ大きな闇ギルドだからといって、信用していたのは間違いだったようだな」


 私の研究を進めるために、裏の世界では有名な闇ギルドの力を借りたはいいが、どこからか情報が漏れてアジトに踏み込まれてしまった。


 どうせ下っ端のやつらがなにかヘマをして、あのアジトの存在がバレたに違いない。少なくとも私が施した洗脳が解けることはありえないからな。


 私のジョブである『洗脳者』による洗脳は完璧だ。たとえ治療士の力を使ったとしても、洗脳が解けないことは確認済みである。


 思えば昔はこのジョブのせいで、悲惨な目にあってきた。もちろんこんなジョブは親以外に誰にも教えなかったが、ある時結婚を誓い合った恋人にだけ話してしまった。


 その恋人が村の者に話したことにより、私は酷い迫害を受けて村から追放された。あの恋人を信じてしまったことだけが、私の人生の中での唯一の失敗だ。


 そこから先は人としての尊厳など皆無な生活を強いられてきた。生きる延びるためにはなんでもしてきた。そんな中、洗脳者のジョブによる才能が開花し、洗脳魔法という魔法が使えるようになり、私の生活は一変した。


「初めは人の思考を多少誘導するくらいの大した魔法ではなかったな」


 もちろん初めの頃は洗脳魔法を使っただけで、相手の行動を完璧に操るような便利な魔法ではなかった。しかし研究を重ね、この魔法と相性の良い薬物を使用することにより、今では思考能力がそれほど高くないガキ共なら、完全な操り人形にするまでに至った。


 そしてその過程で、洗脳した者の能力の限界を越えさせることが可能となった。他にも洗脳対象の記憶を多少いじるれるようにもなった。


「すべてはあの村に復讐をするためだ!」


 今では闇ギルドを裏で支配するにまで至って、まともな生活を送れるようになったが、あの村への復讐だけは忘れたことがない。


 あの村に住む者全員を生きたまま捕らえ、私の洗脳者の魔法を使い、親しい者達同士で残虐な殺し合いをさせる。これを達成するためには、まだまだ金や裏の人脈が足りない。


「……まあいい。少なくとも私だけは逃げ出すことができた」


 私はまだ捕まるわけにはいかないからな。事前にしっかりと準備をしてきて正解だったようだ。とはいえ、それほど時間があるわけではない。


 もちろん騎士団がここに踏み込んでくることはないはずだ。この場所は闇ギルドのやつらにも話していない。だが、油断はできない。万全を期すために今日中にこの街から離れるとしよう。


 計画の実行が遅れてしまうが、別の街へ行き、また別の闇ギルドを手駒にするとしよう。今回の治療士の暗殺が無事に成功していれば、多額の金と手駒が手に入って、いよいよ計画が実行に移せていたというのにな。





「……よし、問題はなさそうだな」


 秘密の地下通路を通って王都から少し離れた森の出口へと出る。この地下通路は闇ギルドに所属していた土魔法の使い手がアジトと同様に作ったものだ。この地下通路を知っているのは私とその土魔法の使い手だけだ。


 あいつの腕だけはかなりのものだったな。可能であればあいつだけは連れて行きたかったが仕方ない。


 闇ギルドのやつらには事前に洗脳を仕込んでおいた甲斐があった。ある特定のキーワードにより発動し、私のことを忘れるようになっている。


 そしてそれとは別のキーワードにより、肉体のリミットを外せるようにも洗脳しておいた。やつらには伝えてないが、実は副作用もある。ガキ共と同じように、せいぜい私が逃げるための囮となってくれればそれていい。


 とりあえず、近くにある村へ向かい、そこで移動手段を手に入れて別の街へ向かうとしよう。なあに、研究は順調だ、焦ることはない。


「バインド!」


「……んな!?」


 突然鎖が私の身体に巻きついてきて私の身体の自由を奪った。


 まさか追手の攻撃か!? しかしどうやってこの場所が!?

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