第40話 帰る場所
最後にリーチェ達がいる孤児院へ向かった。今日も孤児院のパン屋は盛況のようでなによりである。院長とミーナさんにしばらくこの街を離れることと、何かあったら冒険者ギルドやデルガルトさんを頼るように伝えておいた。
「……ソーマお兄ちゃんはこの街を出ていっちゃうの?」
「違うよ、リーチェ。ほんの少しの間、出掛けてくるだけだからね」
そんな今にも泣きそうな目をされると俺も辛い。
「俺にとっても、この街はもう帰る場所になっているんだ。この街でいろんな人と出会ったし、いろんな人に助けてもらえた。絶対にすぐに帰ってくるからさ」
「ソーマお兄ちゃん……」
元の世界からいきなりこの街にやってくることになったが、何も分からない俺をこの街の人達は優しく助けてくれた。日本へ戻る情報もまったく分からないし、この街が今の俺の帰る場所であることは間違いない。
ちゅっ
「……へ?」
「ソーマお兄ちゃん、大好きだよ! 早く帰ってきてね!」
「……ああ、すぐに帰ってくるよ!」
リーチェがいきなり俺のホッペにキスをしてきた。べ、別に子供にホッペにキスされたくらいで動揺しているわけではないからな!
「……ソーマ、ニヤニヤしすぎ」
「ニ、ニヤニヤなんてしてないよ!」
そりゃ、まともにモテたことのない俺が、ホッペとはいえ可愛い女の子にキスをされて嬉しくないわけがない。しかしニヤニヤするほど浮かれているつもりもない。
あれだろ、元の世界だとまだ小さい男の子が、ちょっと背伸びをして優しい年上のお姉さんにちゅーするくらい軽いやつなんだろ。……いやごめん、やっぱりそうとわかっていても嬉しいものである。
「まったく、気を抜きすぎだぞソーマ。明日からはこの街の外に出るのだから、魔物や盗賊なんかも出てきても不思議はない。いくら私達が護衛するとはいえ、ある程度は緊張感を持ってくれないとな」
「うっ……そうだね、ごめん」
いかん、いかん。確かにエルミーの言う通り、明日からはこの街の中を離れるのだ。もちろん街の中でも刺客に襲われる可能性だってあるが、街の外ではその上魔物や盗賊が現れる。……しかも女性じゃなくて男性を狙ってくるんだよな。いくらエルミー達がいるからといって、あまり気を抜きすぎるのも良くない。
「エルミー、さすがにあんな子供にヤキモチ焼くのはどうかと思うぞ……」
「んなっ!?」
「羨ましい気持ちは分かるけど、さすがにそれはない……これだから男と付き合ったこともない女は……」
「うぐっ……それは2人も同じだろう!」
「べ、別に俺は単に特定の男は作っていないだけだぜ!」
「……私もいないんじゃなくて作らないだけ」
……あっ、なんかこの反応覚えがあるな。具体的に言うと、童貞のちょっと見栄をはったクラスメイト達の会話だな。この反応からみると3人とも本当に男性と付き合ったことがないのかもしれない。
いくら男性が少ない世界とはいえ、3人とも人気がありそうなんだけどな。もしかしたら俺の知らないところで、いろいろとあるのかもしれない。
◆ ◇ ◆
「これはなんと可愛らしい男性なんだ。あなたがこの街で噂のソーマ様ですね。噂に違わぬ美しい黒髪、透き通るような白い肌、あなたのような素晴らしい男性と出会えたことを神に感謝します」
「………………」
目の前で歯の浮くようなセリフをスラスラと述べる美しい女性。赤みがかった長めの髪をポニーテールでまとめており、真新しく輝いている金属製の鎧を身に付けている。
「初めましてソーマ様。『紅の戦斧』のパーティリーダーのティアと申します、以後お見知り置きを!」
「初めまして、ソーマと申します。こちらこそよろしくお願いしますね、ティアさん」
「この度はソーマ様のような男性の護衛に選ばれて光栄です。この身果てるまであなた様の盾になることを誓いましょう!」
「……はい。あの、そこまでかしこまらないでいただけると助かります。普通にソーマと呼び捨てで大丈夫ですから」
「とんでもございません! この街に突然現れた黒髪の天使様、どんな者にでもたった金貨10枚で回復魔法を使って治療をしてくれ、孤児院にも寄付や美味なるパン屋を出店する手助けをされている優しき男性。そんな方を呼び捨てで呼べるわけがございません!」
「………………」
仰々しく片膝をついて頭を下げるティアさん。そしてその優雅な所作にうっとりとしているティアさんのパーティメンバーの男性2人。なんだろうな、元の世界なら紳士的な女性と言うべきなんだろうけれど、男の俺がこんな風に持ち上げられると少しゾワっとする。
「……ソーマ殿、派手な物言いをする女性だが、彼女達はAランク冒険者パーティで実力もあるから安心してほしい。他の2人の男性も冒険者の中ではトップクラスの実力を持っております」
ギルドマスターのターリアさんが説明をしてくれる。エルミー達と同じAランク冒険者パーティか。それに女性が強いこの世界で、2人も男性がパーティに入っていてAランクなんて、全員がよっぽど強い人達なのだろう。
「ティア様……」
「ああ、今日もなんて格好いい……」
「安心してくれたまえ、私の子猫ちゃん達! 私は君達のことも愛しているよ」
「「ティア様!」」
「「「………………」」」
2人の男性がティアさんに抱きつき、それを両腕で抱きしめるティアさん。俺達はいったい何を見せられているのだろう……エルミー達も冷めた視線でティアさんを見ていた。
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