第36話 パン屋のオープン


 香ばしい小麦の香りがする焼き立てのパンにかぶりつく。


「うん、美味しい!」


 この世界の市場で売っている無発酵の固いパンとは異なり、ふっくらと柔らかい食感だ。そして食感が良くなったことにより、味の方もかなり改善されている。


「ほう、これはうまいですな! いつも食べているパンとは大違いです!」


「うん! こんな美味しいパンは初めて食べたぞ!」


「美味しい!」


「うわあ、これすっごく美味しいよ!」


 みんなの反応もとてもいいようだ。俺が試作品で作ってみたパンとは全然違う。さすが本職であるパン職人が作ったパンだ、焼き立て補正があるとはいえ、これなら元の世界のパンとそれほど変わりない。


 この世界では、パンは必ず毎日食べるからな。これで日々の食生活が豊かになることは間違いない。それにこのパンなら十分売り物として売れるだろう。


「ドルディアさん、想像以上の味でした! これなら絶対に売れますよ、本当にありがとうございます!」


「ソーマ様のご要望に応えられてよかったです! こちらこそこんな素晴らしいパンの焼き方を教えてくださいまして、本当にありがとうございます!」


 ドルディアさんと握手を交わす。このパンの味なら間違いなくいける!






 ◆  ◇  ◆


 そして次の日。いよいよ孤児院前のパン屋がオープンする。昨日は美味しいパンを食べたあと、今日のオープンのための準備をみんなで行った。


 パンをこねたり、発酵をするやり方はすでにドルディアさんのお店の職人さんが子供達に教えていたので、パンの焼き方をみっちりと院長とミーナさんに教えてくれた。


 パン窯の温度はかなり高温になっているため、さすがに孤児院の子供達にやらせるわけにはいかない。基本的にパンを作る時には子供達がパンをこね、女性で力のあるミーナさんがパンを焼く作業を行い、院長が指示を出すといった作業割当となっている。


 パンの生地を作るのも結構な重労働なのだが、そこは子供達の数でカバーする。全員の子供達の作業を見なくてはいけないから、院長が一番大変かもしれない。


 パンを作る時から、院長とミーナさんには子供達の衛生管理についてしっかりとお願いしておいた。やはり孤児というと、どうしても身なりが汚いというイメージが先行してしまう。パン、というよりも食品を売る時にこのマイナスの印象を与えることを避けたかった。


 この世界には石鹸がなかったので、毎日パンを作る時には、しっかりと水で手を洗わせて白いタオルで手を拭いてもらう。そして頭に三角巾をかぶり、エプロンとマスクを身につけてからパンを作ってもらう。


 抜け毛の多い獣人のケイシュくんもいることだし、お客様の口に入る物を作るのだから、このあたりは徹底的にやらなければいけない。




「ふう〜、緊張してきましたね」


「院長先生、大丈夫?」


「ほら、子供達に心配されている場合じゃないですよ!」


「おっと、そうだったね、ミーナくん。笑顔は大切だとみなさんに言われたし、私達が頑張らないといけないね!」


 いよいよパン屋がオープンする時間となった。今日は治療所も休みで、オープン初日ということもあって俺やエルミー達も来ている。


 そしてドルディアさんも来てくれている。ちなみにドルディアさん達のパン屋でこの天然酵母パンを販売するのは、この孤児院のパン屋がオープンした数日後にするよう配慮してくれた。


「ソーマお兄ちゃん。これで大丈夫?」


「ああ、リーチェ。可愛……じゃなかった、格好いいぞ!」


「エルミーお姉さんちゃん、これで大丈夫?」


「うむ。ケイシュも可愛いぞ。どこからどう見ても立派な家の子供にしか見えないな」


 みんなお揃いの新しい服とエプロンと三角巾を来て準備完了だ。エルミーの言う通り、全員新品の真っ白な服を着ているため、とても孤児院の子供達には見えない。


 ……まあ後ろにあるボロボロな孤児院には目を瞑るとしよう。お金が貯まったら、もう少し綺麗にしないといけないな。打算的なことを言うと、この惨状を見て同情してくれる人もいるかもしれない。


「それじゃあお金の計算は私がやるから、パンが売れたら袋に詰めてお客さんに渡してあげてね」


「うん!」


「わかった!」


 お金の計算ができる人が院長とミーナさんしかいないので、お釣りの計算は2人がやることになる。孤児院にいる子供達の半数はパンを袋に詰めてお客さんに渡したり、パンを持ってくる係になる。残り半数の子供達の中には、まだとても幼い子供もいるので、その子達の面倒を見てくれている。


 まさに孤児院全員が一丸となって頑張るといった感じだ。もちろん子供達の数は多いが、人手は全然足りていないから、それほどの量のパンが作れるというわけではない。


 そのため毎日のように大金を稼げると言うわけではないが、子供達がお腹いっぱい食べられて孤児院の設備を改善するくらいのお金は稼げるはずだ。それくらいなら他のパン屋を圧迫することもないだろう。


「それではオープンします!」


 院長の開店の合図を機にパン屋がオープンした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る