第三章

3-1 満月の夜の魔獣

「この辺りで食事にしよう」

 ジャウマさんの声で、荷物を下ろした。

 アリアちゃんから貰ったバッグから、食材や調理道具を取り出していると、アリアちゃんがそばに来る。


「ラウルおにいちゃん、今日は何をつくるのー?」

 食事の準備をするのは、僕とアリアちゃんの役目だ。

 ヴィーさんが近くの沢で水をんできてくれた。でもそれだけじゃなくて、つまみ食いを狙ってうろうろとしていたので、アリアちゃんに怒られて追い払われていた。



 そろそろ、この旅にも慣れてきたんじゃないかと思う。

 こうした食事の用意も手際良くできるようになってきたし、野営の時の寝床作りも問題ない。まあ、まだ夜の見張りはさせてもらえないけれど。


 でもこの旅程は、普通の旅人に比べるとかなり恵まれているだろう。

 なにせ、ジャウマさんたち3人はとても強い。襲い来る魔獣を難なく返り討ちにしてしまうだけでなく、倒した魔獣は僕らの食料になるので、食事にも困らない。

 いやむしろ、魔獣に襲われない日には、彼らの方が魔獣を襲いに……いや、狩りに森に入る。森の魔獣にとっては、むしろ彼らの方が脅威かもしれない。


 恵まれていると思う理由はもう一つ。

 普通の旅人ならば重い荷物を自ら担いで運ぶ。そうでなければ高価なマジックバッグを買って旅の負担を少しでも減らそうとする。

 でもそんなマジックバッグを、贅沢ぜいたくなことにこの一行は全員が持っている。


「といっても、そんなことがバレると良からぬヤツらに狙われたりして面倒だからな。不自然に見えねえ程度にちゃんと荷物を持っている振りをしねえと」

 ヴィーさんがそう言うように、皆のバッグは普通の人たちが持つものと同じようにしか見えない。もちろん、僕のバッグも。


 ともかく、ジャウマさんたち3人とアリアちゃんのお陰で、本当なら魔獣におびえながら重い荷物を背負って進まなくてはならないはずの旅程を、なんの心配もなく、肩や腰を痛めることもなく進めている。


 そのかわりに、歩く距離が半端ない。

 どうやら日に日に移動距離が延ばされているようだ。歩くのに慣れて体力がついてくれば少しずつ楽になるだろう。そう思っていたら、次の日はさらに移動距離が長くなるのだから、一向に楽にはならない。


 今日の夜は野営でなく町で宿を取る予定だそうだ。

 野営に慣れてはきたとは思っているけれど、やっぱりたまには風呂に入りたいし、正直、そろそろベッドが恋しくなっていた。


「あと少しだ。がんばろう」

 セリオンさんが、僕を元気づけるように声をかけてくれた。


 * * *


 この一行の旅の目的地は、アリアちゃんが決める。どうやら彼女は、例の『黒い魔獣』の所在をぼんやりと感じとることができるらしい。といっても、外れる場合もあるそうだけれど。


 今日この町に立ち寄ることになったのは、そういう目的ではなく、ただたんに今夜の宿をとる為だけだ。怖い魔獣討伐に行く理由はないから、少しのんびりと休めるよな。そう思ってちょっと安心していた。


 でも、そう思うようにはいかなかった。


 町に入る為に、門番に冒険者カードを見せるように求められた。

 カードに記されたランク表記は、ジャウマさんたちが『A』。対して僕はようやく『D』になったばかりだ。

 こんなにもランク差があると、不信がられたりするんじゃないかと、ちょっと緊張していた。

 でも僕の緊張を余所よそに、門番はジャウマさんたちの冒険者カードだけを確認すると、僕らに告げた。

「頼みがある。冒険者ギルドのギルド長のところに行ってもらえないだろうか?」



 冒険者ギルドを訪ねると、二階にあるギルド長の執務室に通された。

 僕らを迎え入れたギルド長の談によると、満月の夜に近くの森からやってくる魔獣を討伐してもらいたいと、そういうことらしい。

 その魔獣は、門の守りをすり抜けて入り込み、町中を徘徊する。魔獣に襲われることを恐れ、町人は満月の夜には家に鍵を掛けて閉じ籠っているのだそうだ。


「その魔獣とは?」

「目撃者と、討伐に当たった冒険者の証言からすると、『月牙狼ルナファング』の特殊個体だろうと思われる」


「ルナ……ファング?」

 聞きなれない魔獣の名前に、僕の口からつい言葉が漏れた。


「狼型の魔獣だ。月夜の晩に特に活発に行動することと、銀の毛並みが月明りでまるで発光しているように見えるのでそう呼ばれている。だが、満月の晩だけ活動するような習性はなかったはずだ」

 セリオンさんの説明に、ギルド長がうなずいて応える。

「ああ、だから特殊個体だろうと目星をつけている。もちろん、冒険者ギルドで討伐の依頼も出した。しかしこの町の冒険者では、討伐することはできなかった」


月牙狼ルナファング自体はそこまで高いランクの魔獣じゃねえだろう? 特殊個体だとしても、そこまで強くなるもんか?」

「ああ、特殊個体だということを加味しても、せいぜいBランク相当だろうと、そう思っていたのだが……」

 ギルド長がそこで口籠ったということは、そうではなかったのだろう。


「結局、月牙狼ルナファングの討伐依頼はことごとく失敗に終わり、この町のギルドで高ランクの依頼を受ける者が居なくなってしまった」

 そう言うと深くため息をいた。


 幸いにも死者は出ていないらしい。しかし冒険者が依頼に失敗すると大なり小なり罰則が発生する。さらに他の魔獣依頼は受けられるのに、町民の目の前にある問題には対処できない冒険者、とのレッテルを貼られ白い目で見られる。

 そうなると、高ランクの冒険者がこの町に留まるメリットはない。そうして、この町を離れていってしまったのだそうだ。


「できることなら他の高ランクの依頼も片付けてもらえると助かる。もちろん、報酬ほうしゅうは上乗せしよう」

 そう言ってギルド長は、僕ら――いや、ジャウマさんたち3人の顔を見回した。

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