『悲しい恋』?

「私には、一度も相談してくれなかったのにね」


「きっと、華弥も悪いと思ってるさ」


「……そう」と瑠璃川は俯く。


 一番大切に思っていた親友に信頼されていなかったことを知って、瑠璃川は深く傷ついたのかもしれない。それは僕のせいでもある。


 僕らは瑠璃川に許してもらえるだろうか――。


 いや。きっとちゃんと伝えればわかってくれるはずだ。僕も、華弥も彼女に本気で伝えられれば。


 このことを早めに華弥と話し会わなくちゃな。僕はそう思った。


 しかし、そんな状況になって華弥たちは無事でいられるのだろうか。病院にいる僕とは違って、きっと華弥の家の前には多くのマスコミ関係者押し寄せているのではないだろうか。そんな心配を抱く。


「なあ、瑠璃川。今、華弥は?」


 僕の問いかけに、瑠璃川は黙って俯いたままだった。


「瑠璃川?」


「――いないわ」


「ここにじゃなくて、どこにいるんだよって」


 無事を確認したい。そして僕が目を覚ましたこともちゃんと伝えなくちゃいけない。だって目を覚ました時、華弥は泣いていたのだから。


「いないのよ」


「だから――」


「いなくなったの! あの家からもこの町からも。何も言わずに!!」


「え?」


「あんな騒ぎになったのよ? 華弥だって、知られたくない過去が漏洩して――もうこの町にはいられないって思ったのよ。私も、速水君も置き去りにして、勝手にどこかへ行ったのよっ!」


 瑠璃川は膝の上で両手を強く握ったまま、俯いていた。


 瑠璃川のその言葉を受け、僕の胸には大きな穴が開く。詰まっていたはずのものが唐突に失われたような感覚だった。


 足元を見ても、それは落ちていない。完全に失われてしまっている。


「そん、な……」


 これからも一緒にいられると信じていたのに。春になったら、一緒にアネモネを見ようって約束したのに――。


「昨日の夜、私の家のポストにこれが」


 瑠璃川は少しふくらみのある手紙を差し出した。僕は受け取り、差出人を確認するが、記載はない。表に『速水君に渡してください』とだけあった。


「これは?」


「わからない。でも、たぶん華弥だと思う」


 瑠璃川はそう言って、荷物を持って立ち上がる。


「一人で読みなさい。あなたにだけ、華弥はメッセージを残した。その意味を噛みしめながら、大切に読みなさいよ」


 そう言って瑠璃川は部屋を出ていった。


「どうして華弥は、こんなものを……」


 僕は受け取った手紙をそっと開き、中に入っていた便箋を取り出す。


『正直君へ。


 これを読んでいるということは、無事に目を覚ましたんだね。よかった。


 まずは今回のことを謝らせてください。私たち家族のことに巻き込んでしまって本当にごめんなさい。面と向かって謝れなくてごめんなさい。


 きっとこの手紙を読んでいるころ、私はもうこの町にはいないでしょう。そして何があったかは紗月から聞いていると思います。


 妙な事件に巻き込んでしまってごめんなさい。きっと傷が癒えてもすぐには学校にいけなくなってしまうかもしれません。


 でも今回のことを他言すると私だけじゃなく、正直君の人生にも影響が出てしまうようなので、詳しいことは何も話せません。


 詳しいことは言えないけれど、私はここにいられなくなりました。本当のお別れです。


 正直君と過ごせた時間はとても楽しくて嬉しくて。本当に幸せでした。


 君がどう思っていたのかはわからない。でも、私はあの時間が永遠に続けばいいなって思っていたよ。


 もっともっといろんなところに行きたかったな。いろんな話をしたかったな。でも、もう会うことはないんだと思う。


 もっと早く自分の気持ちに気付いて、君とすごす時間を大切にしていればよかったなって後悔してる。


 君はどう? 私と過ごす時間は楽しかった? 幸せだった? こんなことを聞くのは酷だよね、ごめん。


 こんな別れ方は嫌だった。でも、これで良かったのかなとも思う。


 きっとこれから先、正直君は素敵な大人になって、素敵な人に出会って、素敵な人生を送ることになる。私と過ごした時間はきっと一瞬で、すぐに忘れちゃうよ。


 だから、もう私のことは忘れてください。きっとその方が君のためだから。


 そうそう。来月の誕生日に渡そうと思っていたしおりをお別れの品としてお渡しします。


 もし私を思い出して辛くなるのなら捨ててください。君の人生の足かせにはなりたくないから。


 そうだ。君はアネモネの花言葉を知っていますか?


 きっとアネモネ好きな君のことだから、知っているよね。だからあえて言いません。その花言葉と共に、しおりを贈ります。


 ひどい女だと思ってくれていい。私はそう言う人間なんだ。


 あんまりダラダラと長く書くのも良くないね。この辺で終わりにしておきます。


 外食ばっかじゃなく、ちゃんとしたご飯も食べるんだよ。

 きちんと運動もしてね。勉強も頑張るんだよ。


 今までありがとう。さようなら。


 華弥より』


 封筒を傾けると、紫のアネモネがえがかれているしおりが出てきた。


「謝るのは僕の方だ。何もできなくてごめん……いつも大事な時に何もしてあげられなくて、ごめん」


 僕はその全てを胸に抱き、声を殺して泣く。




 アネモネの花言葉――その主な意味は『悲しい恋』だ。


 でも。華弥のくれたしおりの意味が『悲しい恋』だなんて絶対に思うもんか。


 僕は、信じる。


 だって、紫のアネモネの花言葉、それは――

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