クラス発表
校門をくぐり、僕はまっすぐに教室のある校舎へと向かっていた。
坂を上るという苦痛はあったものの、今日はこれから嬉しいビッグなイベントがある。
そう。さきほど彌富とも話していた、クラス発表だ。
去年は残念ながら彌富とは別クラスになってしまい、ほとんど顔を合わせることがなかった。一年間、彌富に会えない悲しみに耐えたご褒美として、今日と言う日を迎えたのである。
「今年こそは、彌富と同じクラスでありますように」
そんな祈りを捧げながら、僕はクラス名簿が貼り出されている昇降口へと向かう。
二年生の下駄箱前のガラス戸に左からA、B、C……最後はH組の順に名簿が貼られている。
「僕のクラスは――H組か。ここまで彌富の名前を見なかったってことは――」
H組にいる女子の名簿を順に追っていくと、
「あ、あった! 彌富華弥。H組!」
嬉しさのあまり、その名を出して歓喜してしまったが、すぐに訝しむ視線に気づき、僕は口をつぐんで俯いた。
それから足早にその場を去り、靴箱でシューズに履き替えて教室に向かう。
彌富と同じクラス。彌富と同じクラス――。
心でそう唱えながら、僕は弾む心で教室に入っていった。
後方の入口から見て、右側が教室の正面になる。僕の立つ場所からちょうど真正面には網戸のない窓が面に沿って設置されており、その先には青空が広がっている。
この学校では横に八、縦に五個ずつ机が並び、総勢四十人で一つの教室を使う仕様になっているのだ。
その入口に突っ立ったまま教室内を一望するが、目当ての彼女の姿は見当たらない。
「彌富はまだか……やっぱり僕を追い抜いたわけじゃなかったんだな」
名簿番号十番の僕の席は、窓側列から一つ隣の最後部の席だった。
学園ドラマの定番である窓側の席でないところが、僕らしいと言えるだろう。
そして。偶然、彌富の隣の席に――なんてイベントももちろん起こるはずもない。彌富は女子の中でも後半の苗字で、恐らく廊下側の前の方になるのではないか、というのが僕の読みだからだ。
窓列寄りで、しかも一番後ろの席になってしまった僕とはほぼ対極の位置にある。
しかしそれでも構わない。同じクラスであれば、たとえ席が離れていても、話す機会は無数にあるからだ。
「彌富、遅いな。どうしたんだろう」
僕は椅子に腰かけてから、廊下に目をやる。
その廊下には、別れを惜しむ女子生徒たちや「今日の部活はどうする?」と話し合う運動部員たちなど、いろんな生徒たちが行き交ったり、立ち話をしていた。
しばらくその様子を見ていると、遠くからよく知る明るい笑い声が聞こえ、僕は無意識に立ち上がっていた。それは彌富の声だと分かったからだった。
教室に入ってくる彌富に視線を向け、声を掛けようとした時、彼女の後ろから女子生徒が顔を出す。彌富と同じくらいの背丈――おそらく一六〇センチくらい――で艶々の長い黒髪、キリッとした目つきをした綺麗な女子生徒だった。
彼女がたまに彌富と一緒にいることは知っていたが、その正体までは知らなかった。ソフトテニス部員ではなく、昨年度の彌富のクラスメイトでもない謎の美女。
だがしかし、彼女はいつも他の誰より彌富と親しげに接している。
「おー、速水君! やったね、同じクラス!」
彌富はぼうっと佇んでいた僕に気が付いたようで、笑顔でこちらに歩み寄ってきた。その黒髪の美女を連れて。
「ああ。これからよろしくな」
「うん!」と答え、彌富はニッと笑った。
ああ、彌富はやっぱり可愛いな――
そんなことを思っていると、いつの間にか彌富の隣にいた黒髪の彼女からの鋭い視線に気づく。ハッとして目を見張っていると、
「この子は私の幼馴染の
なるほど。彌富と親しいのはそういう理由があったからだったんだな。
見たことなかったのは、隣町の女子校――確か、お嬢様が通うような私立中学だったような気がする。
「そうだったんだな。……えっと、よろしく瑠璃川さん」
「ええ」と瑠璃川さんはそっけなく答えた。
あれ……もしかして、いきなり嫌われた!? さっき彌富のことじっと見つめていたのを見ていたし、警戒されているのかもな。
なんにしても。瑠璃川さんは彌富の幼馴染。彌富との関係を悪くしないためにも、瑠璃川さんとは良好な関係を築いていかなければ……。
僕はそっけない瑠璃川さんに、とりあえず笑顔を作った。
そんな僕を見るなり、瑠璃川さんは顔を反らしさっさと自分の席に向かってしまう。
「紗月? 待ってよー」
瑠璃川さんの後を追って、彌富も去ってしまった。取り残された僕は何とも言えない気持ちになって、静かに着席する。
まだだ。まだ始まったばかり。ここから挽回できる。
瑠璃川さんの席で何かを必死に語り掛けている彌富の姿を見つめながら、僕は小さく決意した。
彌富と仲良くなるのはもちろん、瑠璃川さんとも良好な関係を築く。それが当面の目標だ――、と。
そしてその機会は、思いがけずすぐにやってきた。
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