30 魔物全部倒す
日暮れ前に家へ戻ると、ジョーとピヨラも既に帰宅していた。
「おかえりー。そっちはどうだった?」
「ただいま。魔王全部倒してきた」
「マジか! 仕事はえー!」
ジョー&ピヨラチームは今日だけで魔物を五十体討伐できたそうだ。
「十分じゃないか」
「でも、残り七万七千九百五十匹でしょ」
「昨日倒した分が計算に入ってないよ。それに、冒険者登録してから実働二日目でそれなら凄いって」
僕が本心から二人にそう言うと、ジョーは照れ、ピヨラはドヤ顔になった。
「レベルもまた上がったし、武器の扱いにも慣れてきた。明日は百超え目指すぞー!」
「おおー!」
二人が気炎を揚げる。
「無理だけはしないでよ。次死んだら、蘇生させるの躊躇う」
蘇生二度目以降は心身に深刻な悪影響が出る可能性が高いそうだ。
「わかってるよぅ。まだ危険度Eまでしか相手にしてないし」
「え、もうEを相手にしてるの?」
二人の冒険者ランクはGだったはずだ。
「冒険者ギルド行って仕事の手続きでカード提示したら、受付さんがギルド長って人を呼んできてさ。その場でランクをEにしてくれたんだ」
ギルド長が便宜を図ってくれたのか。
「デガ、ギルド長と知り合いなの?」
「うん。事情を話してあるから、ジョー達も仕事で困ったらギルド長に相談してみて」
「
僕や皆のステータスには、残り魔物数のカウントダウンが表示されるようになった。
僕たちが直接魔物を倒さないとカウントされないらしく、ベルが攻撃魔法で数十匹を薙ぎ払っても一匹も減らず、それをベルに伝えたらものすごく凹まれた。
「お手伝いできないのが口惜しいです……」
「ベルにはいつも助けられてるよ」
僕も無敵というわけじゃないので、時折怪我をする。それをいつも魔法で治してくれるのはベルだ。
それに、ベルが使役するワイバーンのクウちゃんは、僕を魔物のところへ迅速に連れて行ってくれる。
危険度の低い魔物はジョーとピヨラに任せ、僕は危険度A以上の魔物を討伐して回っている。
結果的に、僕の方が数では少なくなるが、どんどん強くなるジョーたちの討伐数は劇的に増えていった。
とはいえ、約八万の魔物を全て討伐するのは、時間がかかった。
「残り、五匹になったよ」
魔物全部討伐を目標に掲げて約四ヶ月。
リビングに集まった皆に、僕はステータスで表示されている残り魔物数を報告した。
「長かったような、あっという間だったような……。頑張ったね、私たち」
すべての能力値をカンストさせたピヨラは、片手で両手剣を軽々と使いこなせるようになった。
「残りの五匹はどこで、危険度は?」
同じく能力値カンストのジョーは、ベルと同じくらい治癒魔法が使える。ベルとの違いは、治癒魔法の次に得意なのが補助魔法ということだ。
「それが、どっちもわからないんだ」
このひと月くらい、もう冒険者ギルドに仕事依頼も来ていない。
人里離れた、人間に影響を与えない場所にしか、魔物が残っていない証左だ。
僕たちは町から離れた場所を、虱潰しに探して回るしかなかった。
「行ってない場所は?」
「うーん、大体行ったと思うんだけどね」
リビングのテーブルに広げた地図には、行った場所、魔物が居た場所に印を付けてある。
「いえ、まだこのあたりは調べてないわ」
ピヨラが示したのは、ドルズブラの東西南北……魔王がいた塔の周辺だ。
「確かに。魔王のことしか考えてなかったよ。じゃあ僕とベルで」
僕の少し後ろで控えているベルを振り返ると、ベルは真面目な顔つきで頷いた。
「最後の一匹を倒すとこ、見たいけど……」
ジョーがベルを見る。
「クウちゃん、二人乗りだもんな」
「えっ、そんなことないでしょ」
以前鉱山へ行った時は、ギルド長と冒険者三人にドルズブラの兵士三人という、この世界でも体が大きめの大人を計七人を乗せて、余裕そうだった。
「私そもそも高いところ苦手」
ピヨラがべぇっと舌を出してとぼける。
「それだ! オレも高いところ苦手!」
ジョーまで意見を変えた。何なんだ。
「とにかく、魔王の塔のあたりは任せた。頼んだぞ、デガ」
「あ、ああ」
前日の夜にそういう話をして、今現在、北の塔の上空だ。
「上から攻めて魔王だけ倒して……塔の内部は見てなかったね」
「魔王さえ倒せば良し、でしたもの」
僕とベルは顔を見合わせて苦笑いする。
地上に降り立ち、塔へ一階から侵入した。
<探知:大成功 このフロアには何の気配もない>
<探知:大成功 このフロアには何の気配もない>
<探知:大成功 このフロアには何の気配もない>
……
塔は外から見た感じ、二十階くらいだ。
チートなし初期能力値の僕だったら、一階登る度に休憩を入れていただろう。
今は、どれだけ登っても息一つ切れない。
「ベル、大丈夫?」
「平気です」
ベルは元々体力がある方だが、我慢強すぎて多少の疲れや痛みを堪えてしまう傾向にあるので、時折様子を見ることにしている。
十階分ほど階段を駆け上がったが、今は確かに大丈夫そうだ。
<探知:大成功 上の階に魔物の気配がある>
「! ベル、この上だ」
「はいっ」
十九階、つまり最上階のすぐ下に、黒いドラゴンがいた。
「ダークドラゴン、危険度SSSです。お気をつけて」
ベルは僕に補助魔法や防護魔法を掛けてから、送り出してくれた。
<先制:大成功 相手が動く前に動ける>
<命中:大成功 クリティカルヒット>
<攻撃:大成功 即死>
魔王と違い、急所攻擊が通った。
ダークドラゴンは僕の一撃を胸元に受け、「ごおおおおお」と大きく吠えて、絶命した。
「お疲れ様です」
「ありがとう、ベル」
「他に魔物の気配はありますか?」
「うーん……いないみたい」
「では他へ参りましょう」
「クウちゃんがいけそうなら、全部回っておきたいね」
「クウちゃんなら余裕ですよ」
「頼もしいな」
僕はベルとクウちゃんに甘えて、この日のうちに塔のダークドラゴンを全て討伐した。
ダークドラゴンの配置もまたコピペだったので、同じことを計四回繰り返しただけだ。
「このシナリオ、普通に攻略してても飽きてそうだな」
僕がぽつりとこぼしたのを、ベルに聞かれていた。
「シナリオ?」
「ああ、えっと……」
この世界は
だから、シナリオについても……TRPGについても、ベルに掻い摘んで話した。
ベルは僕たちがドルズブラ王城で受けた仕打ちに関して、僕と同じ疑問を持った。
「そうですか。神でも儘ならないことがある、と……」
「だからこそ、魔王の角を集めたら願いを叶えるだとか、信用できないんだよね」
「デガさんが神を嫌悪する理由が、分かった気がします」
そういえば、ベルは神に仕える聖女だった。
失礼なことを言い過ぎたかとベルを振り返ったが、ベルは普段どおりの顔をしていた。
「ごめん、ずっと神を信仰してた人に対して……」
「構いませんよ。わたくしももはや、神ではなく、デガさんを信仰しておりますから」
ベルはいい笑顔で言い切った。
「僕を信仰するって、それもどうなの。僕はベルに予言を聞かせたり、聖女に認定したりなんてできないよ」
「できますよ。神の予言は只のシナリオでしたし。デガさんが『ベルは聖女だ』と仰ってくだされば、わたくしはデガさんに仕える聖女となれます」
「予言はシナリオ、か」
僕はその言葉を口の中で小さく反芻し、それからベルが言ったことを実行した。
「ベルは僕の聖女だよ」
口にしたのは半ば冗談だったのに。
ベルの全身から真っ白な光が放たれて、すぐに収まった。
不思議だったのは、ものすごい光量だったのに、僕は瞬き一つせず見続けられたことだ。
「今の、何? ベル、大丈夫? 体に異変は?」
ベルは目をぱちぱちさせてから、自分の体をあちこち確認した。
「……正直、わかりません。異変は無いです」
結局、なんだったのかわからずじまいのまま、この日は帰宅した。
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